適当本読んでみた

なんとなく読んでみた

いまさら人づきあいなの? と、言うべからず。
いや、人づきあいを研究している対人恐怖症ではあるんだが、一応、別の理由で買ったんよ?

実は、人間関係をうまくやっていくというのはできるし、わかる気がしている。
ボクの場合、『それを継続できない』という人づきあいの根本を覆している原因があるので、それを気にして最初から深く付き合わないように振る舞っている節があるのだが、、、、ま、それは置いておこう(笑。

この本には、いろんな人の性格が書いてあったので購入したのだ。
傲慢、奔放、内向的、攻撃的、、、などなど、いろんなケースの性格を知って、対処しましょ的な本。

そんなこんなで、小説のキャラクター作りに使えないかと考えてねぇ。

今まで生きてきて、いろんな人に出会い、話し、別れてきた。
その中で、良い人、悪い人、癖のある人、理不尽な人、屈折してる人、、、、いろいろ見てきた。
だけど、なぜかキャラクターにしようとするとよくわからなくなるのだ。
結果、ボクの小説は普通の人ばかりになる傾向にある。

普通の人の話を書いても、こっちもつまらなくなって止めてしまう。
だから、面白くしたくて、面白い仕事したくて、普通じゃない人ってどういうものだったっけな、、、と、研究しようかな、と思ったのだ。

とりあえず、2ナメしてみますた。

結果:
人付き合いってスキルなんですかねぇ。

でも、少しくらい苦労して付きあいかたを学ぶ方が、
相手に対して敬意を払ってる感じはするわなぁ。


と、いつも通り教養本として読んでしまいました。
本末転倒。


もうひとつ。
かまいたちの夜 ファンブック。
大好きだったサウンドノベルの公式解説本ですわ。

巻末にゲーム化されてない小説が掲載されてるので、ソレ目的で購入。

読み進めると、

《さて、犯人は誰でしょうか? 手掛かりは揃っています。解決編の前に考えてみてください》

とあるので、表を作ったりして犯人探し。
あれ、コイツしかいなくね? というところまで行ってビンゴ!となりやした。

本だと後戻りできるんで、結構簡単っすね。
トリックじゃなくて、状況証拠をでっちあげて(?)犯人を探す感じ。
ま、参加型ミステリーという感じで楽しかったですわ。


ま、2冊で200円だから、充分に元がとれたんじゃないかな。

次は<白夜行>読もうと思うんだけど…
やべぇ、長すぎる。2週に渡ってしまうかも(恐。
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体が痛いんです

先日、友人の家で終電がなくなるまで呑んでから歩いて帰ることにした。

2時間半。
およそ、8kmとちょっと。
極寒の中、てくてくと歩いて帰る。
途中、寄り道などをしながら。

さて、翌日だ。

体がダルイ。
下半身が重い、、、ような。

それほど呑んだ気はしないし(とはいえ、ビール500ml3本、ハイボール300ml2本、酎ハイ300ml2本?)、さんざん歩いているので消費されたと思うのだが、2日酔いのようだ、麻酔が掛かっているかのようにボンヤリしている。

4時間ほどしか寝てなかったので、それが悪いのかと思って昼寝実施。
さらに4時間寝てしまい、起きたときには暗くなっていた。

頭スッキリ。
しかし、、、体が痛い。

おかしい。

そうでもないのか。
山登りは月イチ。今は水泳を週イチでしかやっていない。散歩すらあまりしてないかも。

ほぼ3時間歩くだけで筋肉痛か。
昨年、沖縄210kmを走り切った人間と同一人物とは思えないな。

ま、仕方ないか。(←反省なし)

テーマ性のない映画は悪なのか

ボクは映画をよく観まする。
月イチはノルマで、つまらない映画しかやっていない月でもできれば行くようにしている。

つまらないと思っていたものでも意外に面白かったりするもので、さすがに手間ヒマ掛かっておるな、と思わせてくれる。

そんなボクだが、映画を観るにあたり、タイトルやCMを見て避けるものがある。
それは『テーマ性のない映画』だ。

じゃ、テーマ性とは何か。

恐らくそれは、映画を見終わったあと、心に何かが残ること。
何かとは、恐れでも、歓喜でも、勇気でも、希望でもいい。そういう感情が残っていることが重要。
あと、問題解決に至っておらず、問題提起しているものも良い。この場合は少しでも観客に考えてみようと思わせることが重要。
これが、ボクが思うテーマ性だ。

じゃ、テーマ性がない映画とは?

・爆発でスッキリさせ、愛でムリヤリ完結させる系。
・虐殺を繰り返すのみで、殺したことに意味なんかない系。
・ただの勧善懲悪で、悪に悪以外の必要性がない系。
・旅して問題に巻き込まれるだけで、なんの成長も見られない系
テーマ性がないと思うのは、観ているときだけ楽しい作品。
恐らく、帰り道で、心はスッキリしているのだけれど、なんでスッキリしているかすらわからないもの。


さて、テーマ性がない映画がバッシングされることは多い。
ボクも好きではない。
中学生くらいまでは、そんなナンセンス映画も笑えてよかったが、今はそうでもない。
事故扱いでしか観ることはない。エヴァQも最終的に事故扱いで対処した。(苦笑

そんな、『観ているときだけ楽しい作品』は必要ないのだろうか。

「敢えて言おう! 否であると!!」

「テーマがなくても、おもしろければ良いじゃない」

面白いだけ。
でも、そこが重要なときってあると思う。
ただ笑う。ただ泣く。
答えがなくて、解決もなくて、でも、ああ良かったと思えること。
そういうので救われる人も多いと思う。

物語が、物語だけしか語らない映画。
感想が、「面白かった」で終わる映画。
どういう風に面白かったか、全然わからない映画。

頭を空っぽにして、ただ楽しむ。
そういう映画も、あっていい。

テーマ性のある映画は、観た後に頭が重くなってたりするしね。
逆に敬遠する人もいるかもしれないね。

ボクは映画に『何かを求めて』行ってる節があるので、テーマ性を求めるのだろう。
その『何か』はいろいろで、成長であり、足りないものでもあるだろう。

テーマ性のあるなしに関わらず、映画を評価するのは映画を観た人がすればいい。
その人が思ったことを言えばいいと思うのだ。
だから、どんな映画を観に行ってもいいし、ジャンルで選り好みしてもいい。

映画を観に行ってる人は仲間。
ボクはそんな意識を持って、映画館で仲間と一緒に映画を観ている。


今日の答え。
 ※テーマ性がない映画でも楽しめる人がいる限り、正義である。

10年越し?

ケンタッキーフライドチキンを食べました。

10年ぶりか?
正確にはわからん。でも物凄く遠い記憶でしか覚えがない。

今の部屋に住んでから、もう5年。
この記憶をたどれば、5年は食った覚えなし。

前の部屋は9年住んでいて、その期間は2回食った覚えがあるものの、前期な気がする。
30代では食べていない。

そうだなぁ、28歳くらいだろうなぁ。

ということで10年ぶりの逢瀬となった。

いいね、いいね、やっぱうまいね!
夢が叶ったよ、小さい夢だけどね。



最近良く見るんだけど、こんなの。
声優さん 大変ねぇ
何役?

恋愛は時間がないとできないのだろうか

友人と話していて出た話題。
キャッチーなので、今日はこれで書いてみようかと。

例えばボク。
十年以上好きな人ができず、付き合うということもなかった。
懇意にする人もいないし、そもそも誰にも懐かない。

「なんで女つくらないの?」
などと、軽く仰られるが、粘土細工で作れるならいくらでも作っとるわ。寂しいという気持ちはあるんだから。
だが、これは相手のいる話で、相手が人間であれば人格を尊重すべきだろう?
<テキトー>に付き合うのであれば、やはりそれはよろしくないのではなかろうかと思うのだ。

では<テキトー>というのがボクにとってどこら辺に当たるかと言えば、
「寂しいときだけ相手してくれればいいので、あとはほっといてくれ」
という、ワガママアッパーカットで、人を人と思わぬ上から目線な考え方が窺える。
ね、よろしくないでしょ?


もう少し掘り下げて、じゃぁ、どうして<テキトー>になるか考えてみよう。

寂しいときは一緒にいたい。
うん、それはいい。
じゃ、他の時間は?

―――他の時間は自分で使いたいんだよね。

①自分にはやるべきこと(仕事)があり、それを充分にやりたいという意思がある。
②自分には夢があり、仕事を充足させて尚、取り組む必要がある。そういう意思がある。
③自分にはやり方があり、時間配分や睡眠時間、スケジュール管理の中で、いつも時間がない。そういう切羽詰まった事情がある。
④自分には興味と好奇心が多く、できることをできるだけ取り組んでみたいと思っている。そういう希望がある。

ここまで書いたが、時間がたんねーのは明白。
いろんなことに諦めておらず、自分のペースを変えようとしない<詰め込み独自路線>が原因。
<自己愛>と書きたいところだが、ボクの場合はそんなものではないだろう。ただの<生き急ぎ>だ。

ここまで書いた時点で言えるのは、ボクは『自分のことで手いっぱい』なのだ。
もちろん、恋愛なんてしている暇はない。


結果:時間がないと恋愛はできない、は本当。

解決方法:時間を作ってでも恋愛する覚悟が必要。


逆位置:暇だと思えたとき、もしくは、忙しいことが一息ついたとき、意外な恋が見つかるかも。



まぁ、なんすかね。
三十路終盤差し迫った中年の言い訳ですかね。


しかし自分、「時間がない」と書きましたので、誤解なきよう断わっておきますが…
「今は時間があるので大丈夫ですよ?!」

大日本サムライガール③

大日本サムライガール③
昨年末から読み続けてる真正右翼アイドル本です(笑。

第一巻では、主人公・颯斗が〈真正右翼少女・日鞠〉と出会い、有力経営者である父を見返すためと、日鞠の『政権奪取』の目的を最短で叶えるために、日鞠をアイドルにし、みずから芸能プロダクション経営に乗り出す話でした。
最終的に日鞠は警察のやっかいになります。
(↑敢えてネタバレです。期待感もたせてますよ)

第二巻では、日本を飛び越えて世界にまで衝撃を巻き起こした『ひまりん旋風』の顛末。
そして、ひまりプロダクションに二人目の所属アイドルとなる<守銭奴アイドル・朝霧ちとせ>の加入と、ちとせの家庭の事情とそれを打開する、経営手腕(…と言えるのかな? 資金調達能力の高さ?)を振るう颯斗の話。

第三巻は、日鞠が自身で主催する政治団体初の政党大会を開催し、思想を同じくする<右翼活動家・佐々倉壮司>を見いだす。
ひまりプロダクションは、ビックプロジェクトに着手。紆余曲折あるものの、三人目の所属アイドルとなる人物を勧誘成功?

という内容。

好きな小説だけに、あらすじすら書きたくない感じ?
読めばわかるさ、読まなきゃほっとけ、という。

第三巻ではおよそ3つのターンに分けられるかな。

二巻で少しパワーダウンしたと以前ここで書いたが、新キャラ入れることで見事に持ち直したね。
<現代に蘇る右翼>が二人になったことで、より一層、混乱が増したけと、良いエッセンスだと思う。右翼のターンは、実に滑稽な感じが面白い。

芸能のターンでは、テレビを軸に置いて『エンターテインメント番組』の裏側を赤裸々に書かれているし、流行の作り方や、金の動かし方なんかも書かれていて勉強になる。
これって全てが本当ではないだろうけど、きっと嘘でもないだろう。
とはいうものの、個人的には、ほぼ本当だろうと思っている。
そういう世知辛さを明文化されると辛辣な印象だけど、これもまた現実だよね、とか思う。

経営のターンでは、以前、経営権を譲渡された企業を軌道に乗せること、プロダクションの利益、ひまりの知名度アップを目的に、ファッション業界に仕掛けていく。
ファッション業、広告業、出資者などとの関わりや、大規模プロジェクトの進行などが描かれる。

なんかねー、この本読んでると業界通になった気分になるわー。
そういう気持ちにさせてくれるのはきっと良い本なんだろうねぇ。
ま、本を読んだだけでうぬぼれは厳禁だけどもね。

今回も楽しく勉強させてもらった気分っす。
あー、おもしろかった。

横浜164散歩

ロイヤルウイング
久々に横浜シーサイドへ行ってきた。
理由は、まぁ、友人に野暮用を頼まれたという感じで。

横浜って近いのに、お洒落感がぱねぇのであまり行ったことはないかも。
お洒落じゃない所ばかり行ってるかな。

自転車屋とか、屋形船とか。
屋形船ってお洒落じゃん、って思うかもしれないけど、全然。
呑んで呑んだくれて、潰れるだけだからお洒落な感じしないよね。個人的意見だけど。


今回は時間を作ったので4時間ほどまったり歩いたわ。

赤レンガ倉庫。
倉庫じゃないんだね。お店なんだね。知らなかった(←オイ・汗)

山下公園。
出歯亀スポット… いや、デートスポットだということだったけど、流行り過ぎててそんな感じしないんだね。こんなところでイチャイチャできるのは… ちょっとすごいな、と思う。ちなみに昼間歩いたのでそこまでの人はいなかった。

氷川丸

氷川丸。
コレ、よかった。
1930年に建造された日本豪華客船ということなんだけど、もう退役している船で、船内が見学できる。しかも200円! 安っ!
昔ながらの船内はレトロチックで、大正・昭和ロマン感じる内装に感激。
護衛艦を見なれてるので大きさとしては物足りないけれど、娯楽施設と心休まるデッキ、バーなんかは『これで旅行してみたいなぁ』と思う。
なんかイメージ膨らんで楽しかった。


横浜の夕焼け 大桟橋より 3本の塔

大桟橋。
こんなのあったんだね。そいう印象。
洋上のマクロスみたいな印象で、大きさばかりが際立っていた。
情報では中にカフェもお土産屋もあると書いてあって期待したのだが、行ってみるとかなり寂しいので、次があるなら待合でしか使わないだろう。
ただ、桟橋屋上にある公園は絶景だし、誰でも無料で入れるのでとても親切だ。

横浜シーサイド。
実はお金をあまり使わずにデートできる場所なのかもしれない。
うん、悪くなかった。

レ・ミゼラブル

レ・ミゼラブル

良かった。
久々だよ、諸手を挙げて良かったと言える映画。
映画じゃないの? ミュージカルなの? もうどっちでもいいや。

とにかく素晴らしかった。
ほぼ3時間、歌いっぱなし。
息つく暇もないほどの展開。ドラマからドラマへ矢継ぎ早に物語が進んでいく。

オメメパッチリワイルドタイガーのヒュー=ジャックマン。
タカの目剣闘士のラッセル=クロウ。
典型的西洋美人のアン=ハサウェイ。

なんなの?! この人たち!
なんでこんなに歌えるの? 役者だよね? もしかして吹き替え?!

それくらい凄かった。

原作は言わずも知れたビクトル=ユゴー原作の西洋古典小説。
日本でも通年、、、と思えるくらいミュージカルが講演している。

あらすじを書くのもアレなんだけど…


フランス革命から数年後。しかしフランスは貧しい民衆で溢れていた。

妹の子供が飢えていたため、パン一個を盗んで囚人として19年を過ごしたジャン=バルジャン。
仮釈放で自由の身になるものの、世間の目と風は冷たい。元犯罪者の彼には仕事も食事も眠る場所さえ与えてくれる者はいない。バルジャンは自分の人生を狂わした国や法に憎悪しながら、なんとか生きながらえていた。

寒空の中、眠れない体を擦っていると、神父に声を掛けられる。
神父は教会にバルジャンを招き入れ、食事を施し、彼のことを兄弟と呼んだ。

だがバルジャンはすでに人として堕ちぶれており、教会内部の銀製品を盗んで逃げた。

彼のことを犯罪者として疑わない警官のジベールは、釈放されたバルジャンが再び盗みを働くと睨んで、部下に彼の後を付けさせていた。
ほどなく、バルジャンは捕まった。

現行犯として捕まったバルジャンは、盗んだ銀製品と共に教会に連れてこられる。
銀製品を盗んだ犯人を捕まえたと警官は伝えるが、神父は、それら全てはバルジャンに与えたものだと証言する。
それどころか、もっと高価な銀の燭台すら与える始末。バルジャンは解放された。

バルジャンは自分を恥じた。人間の尊厳をなくしたことを、大いに恥じた。
そして生まれ変わると誓った。
人より堕ちて、人の尊厳をなくしたジャン=バルジャンは死んだ。
これより私は人として新しい人生を歩むのだ、と。

8年経ち―――
バルジャンは苦労を重ね、街の市長になっていた。
工場をいくつも経営し、飢える庶民に仕事を斡旋していた。
職を紹介できない者にも、見かけては声をかけ、施しをかけて生活していた。

そんな彼の元にジベールが街の担当警官として赴任してくる。
過去の因果から動揺するバルジャンだが、堂々と対応して事なきを得るが、ジベールの執念は彼の正体を見抜いていた。


場面は変わって…
バルジャンの街で働いていた女性、フォンティーヌはあることないこと言われ、職を失った。
お金を稼ぐことができなくなった彼女は髪を売り、歯を売り、体を売るようになる。
そこまでしてでも、お金が必要な理由があった。彼女にはまだ小さい子供がいるのだ。

別の街に住む宿屋に預けてある子供―――コゼットのために涙しながら体を売るフォンティーヌ。
ある日娼婦を人と思わぬ男により乱暴にされて抵抗したところ、男に怪我を負わせてしまう。

男は警官を呼び、彼女を暴行犯呼ばわりした。
掴まれは10年以上囚人だ。
フォンティーヌは働いてお金を稼ぐためにも慈悲を求めるが、ジベールは容赦しない。
そこにバルジャンが彼女を市長権限で救い出す。

しかしフォンティーヌはすでに病に侵されており、余命がない状態だった。
愛情故にコゼットの幻影を探すフォンティーヌ。
このときバルジャンはひとつの覚悟を決めていた。



これで5分の1くらいの紹介かな?
話はまだまだ続くし、残り5分の4も目が離せないよ?

小説も日本語訳で10巻以上出てたよね。
大変長い物語なんだけど、意外なほどムリなく詰め込んでる。
その結果が、次から次へと矢継ぎ早の超速展開なんだろうけど、とにかく魅せるし、観ることができる!!

ほぼ全編が歌なのに、日本語訳もとってもよくて自然に観れた。
(いや、そもそもミュージカル形式だから自然ではないんだが・汗)

とにかく、これは、観るべき映画!
そして、絶対に劇場で観るべき映画だ!!


ぜひぜひ、行って観てほしい。
ボクは最後のシーンで人知れず拍手したぜ。
気持ちはスタンディングオベーションだった!!

650人収容の劇場に7人のレイトショーだったけど、もっと観客動員してもいい映画だと思うなぁ。

2週間経過

仕事始めをしてから2週間経過。
今月3日に1時間ほど資料作りをしたのが仕事始めとするならば、今日で2週間経ったことになる。

小説を書き始めたものの、なんかうまくいかない感じがする。
思った通りには書けていない。
『書けない』とは違う。『書けていない』と思う。

書き進めることはできるのだが、途中で不安になるのだ。
これでいいのかな? と。

そういうものなのかもしれない。
それでも進めていくべきなのかもしれない。

迷ったあげく、6日書いてとりあえずやめた。
そして別のコンセプトで2日書いてるが、こちらも迷い始める。

文体はこれでいいのか? 進め方は速くないか、遅くないか? これは面白いのか?

書いてみないとわからない悩みが多く出てくる。
参考になると思って本を読んでいるが、楽しむのと書き手として読むのではまた違うと感じた。
書き手として読んでおけばよかったと感じる。

その昔、しっかり書いていた時期があった。
もう10年以上前の話だ。
その時は『経験不足』を理由に書くのをやめたのだが、結構真面目にやっていたはずだ。
あのときボクは何を思い、何を考えていたのだろう。

その断片を思い出すべく、恥ずかしさを抑え込んで昔書いた小説を読んでみた。

書いたのは短編2本と中編1本。
これを書いたことで『ボクは書ける』と思ったし、『書くにはまだ足りない』と消沈した。
あのときはとにかく書きあげることが重要だと思っていたハズ。
それって小説家になるには1番重要なことだと思う。
素人の趣味小説だって同じ。書きあげなければステージにすら立てない。
その思いは昔も今も同じだ。

そのときの作品。読んでみた。

「あれ、読めなくはないな」

意外だった。
読めるのだ。

シナリオ構成に問題があると思ったものの、作り方を間違えてる気はしない。
細かい修正は必要だと思うけど、大きな失点はない。

昔、書きあげたときは駄作だと思っていたが、意外に読ませることができるのではないか?

余計判断が難しくなったという(笑。

さて、悩みは尽きないな。
でも、そのために時間をたくさん用意したのだ。がんばろう。
死ぬ気でがんばろう。
昔の小説

料理って最近どうよ

こうよ。
これでもホットケーキ
ホットケーキ。
黒光り(笑。
パン代わりに焼いて食ったりしてるわー。


鍋、おでん、お好み、たこやき(たこなし)、ラーメンが基本展開。

うーん、モツ煮が食べたいなぁ。
今シーズン作ってないから今度作ろう。

あと、ケンタッキー食いたい。
もう、8年以上食ってない気がする。

イーストリビュート

イーストリビュート
イース!!

イース、マジイース!!

つーことで、小説イースですわ。といってもアドル本。

アドルの冒険を綴るのがイースシリーズですが(現在オリジンのみがアドル不出場。700年前の話なので出れるわけがない)、とりあえずゲーム化されているのがアドル冒険記の〝正著”扱いで、その他は〝2次創作物”もしくは〝外伝”扱いだろうか。

このトリビュートは後者に当たる。ま、もちろんそうなる。

でも、これが夢広がるんだよね。
ああ、アドルにこんな一面が…とか、やっぱアドルはこうでなきゃ、などと想いを馳せるとボクも頑張らねば、とか年甲斐もなく思ってしまう。
これが例え2次創作物だとしても、正規の物語じゃなくとも、アドルに敬意と賞賛を捧げる作品ということであれば、そこに『みんなのアドル』がいるのではないだろうか。

この本は、そんな『みんなのアドル』が書かれている本。
若いアドルだけではなく、壮年のアドル、老体のアドル、歴史上の人物となってしまったアドルがここにいる。

面白いとか面白くないとか関係ない。

アドル好きは買え!!

ええ、半分はしっかり面白いです(汗。

通信障害

先週末から通信状態が悪い。
ケーブルで引きこんでいて、LANケーブル仕様なのに通信障害。
これだからJ:comはっ!
通信障害2回目だぞっ!!

前回はカスタマーに連絡して対応してもらった。
今回は様子を見てた。
アパートの誰かが連絡しねぇかなぁ、とか、なんかの拍子で勝手になおらねぇかなぁ、とか。

結局、今日は全開で大丈夫みたい。
何がどうしたんだか?
雪が溶けたら悪くなるのかな?

というわけで、短期でしたが、ブログの更新できなくてすいやせん。

130114成人の日_座間真っ白
朝起きて雨だったので、
「ああ、新成人さん、良かったなぁ!」
と、ここ最近で、“この日だけ”天候が崩れるという不運を面白がっていた。

本を読んでいて、ふと窓の外を見ると雪が降っていて
「おお、新成人たち、がんばれっ!」
と、交通マヒやら雪まみれの振袖で困る女の子とかを思い浮かべて面白がっていた。

『ま、ボクには関係ないし』と、多寡をくくっていた。
他人事。そう、全くの他人事だった。

どんどん雪が積もってくる。重みで屋根から落ちてくるほど。
「新成人、大変だな」
などと言って、コーヒーをすすっていた。

すると電話。
珍しく伯母から電話。いや、初めてじゃねぇ?

伯母 『妹の息子が入院したから、何か助けに行ってくれない?』

そういうことか。じゃあ電話くらいしてやろうか。

叔母 『心配すぎて独りでいられないから泊りにきてくれない?』

面倒。
いや、そういうのダメだな。
――― 一緒に住んでいた息子が入院。その息子は以前から不治の病で、いつかこんな日がくるかもとは思っていた。
だけど実際きてみると、心配で眠れない。心配しても病状が変わらないのはわかっているけど、ジッとしているだけでも心労がかさんでしまう。―――
多分そんなところだろう。

ボクが行くことで少しでも心労が減るのであれば、有意義か。
息子に何かあったとき、ボクが移動の手助けをすることができたら有意義か。

しかたない、行くか。

かくして、他人事だった猛吹雪の中、横浜へ行くのだった。
ああ、当事者になると、この雪、うぜぇなぁ。

やべぇよ、コレ、マジうぜぇ。

ブログアーカイブ

振り返れば5年もブログを書いている。
誰にともなく、何を言いたいわけでもなく書き続けた。

思えば、
ブログを始めた理由は『文章を書きたかったから』だ。
正確には、文章を書くための練習台としてブログを選んだことになる。

「誰ともなく書いているが、誰か見るかもしれない」

そう思えば少しはわかりやすく書こうとするだろう。
もちろん適当に済ますこともあるが、日記帳に書くよりは頑張りが利くような気がした。
写真も入れて見栄え良くしようとか、ネタも面白くしたいな、とか、成長はあった気がする。

そんな5年の記録をアーカイブとしてHDDに残すことにした。
拙くても一応自分の作品だ。
これが事故かなんかで一瞬にして消えたら寂しいかも、と思ったのだ。

で、5年。
全部を読んだわけではないが、端々を流し読みすると思い出が溢れてくる。
日記帳と違って写真を入れてあるのも良い。なんとなくやったことが頭に浮かんでくる。

時間もあるし、ここで一回振返っておこうかな。
読み返すのにとても時間が掛かりそうだ。
でも、今のボクには必要なことかもしれない。

アルコールストーブ

日帰り登山ではアルコールバーナーを使うことにしている。

ガスバーナー、ガソリンバーナー、固形燃料バーナーなど、いろいろ試したが日帰りならアルコールが良い。

理由は、
①小さくて軽い。
②燃料が手軽に買える。ドラックストアで普通に買える。
これだ。

しかし、ガスバーナーの中にはアウトドア用ではなく、一般に売られているカセット式が使えるものもあるため、燃料確保の手軽さでは、やや不利か。ガソリンは買いにくい部類に入ると思う。

しかしガスカセット式は寒さに弱い。もちろん山は寒いので、気温によってはガスの出が悪いことがある。
アルコールはとにかく燃えるのでトラブルは少ない。
ま、その一点での勝負ならばガソリンバーナーが最強だが、とにかくかさ張るのが難点だ。

燃費はアルコールが一番悪い。いや、固形燃料はもっと悪いか。
だが、アウトドア用バーナーはそうそう使うものでもないし、使う場面での重要性を考えると燃費1択で決められる装備ではない。
宴会で使うのではない。生きるために使うものなのだ。

その他、ガス式は最後まで使えないので中途半端に残ったガスの処理が問題になる。
中途半端だと寒い日は特にガスが出なくなるので、そんなもん持っていくのは勇気がいる。結果、もっと処理に困る。
その点では他の方式は最後まで燃料が使えるし、液体燃料は余れば戻せるという利点がある。

まぁ、いろいろ書いたが、ボクはカセット式ガスを連泊用メインとして使用し、日帰り用としてアルコールを使用することにしている。そしてサブで固形燃料も持つ。


で、本題。
市販のバーナーの火力が大きいのと、地味に本体が大きいので思い切って自作することにした。
アルコールバーナー燃焼比較
左が自作、右が市販。
炎の大きさがわかるだろうか。
箱の違いがわかるだろうか。

これで結構使いやすくなった。
重さも1/3くらい? になったかな。

いいね、アルコールストーブ、最高!
使った工具
使った工具。
地味に使う工具多いな。中には工具じゃないのもあるし(汗。

密室殺人ゲーム王手飛車取り

密室殺人ゲーム王手飛車取り
2007年刊行されたらしい、歌野晶午さんの本。
ジャンルはミステリ。
近頃、ミステリなのか現代小説なのかわからんものばかり読んでいたが、これは本格ミステリといえよう。



東京で殺人が起きる。
この殺人、あの殺人。未だ犯人は捕まらない。
だが、これらの殺人事件の犯人が同一人物で、この連続殺人がひとつのルールに従って起こされているものだと誰がわかるのだろう。
そして、これからも続く殺人の連鎖が、ただのゲームだと誰がわかるのだろう。
それはきっとゲームをプレイしている人物たちしかわからないのではないか?

犯人役と探偵役にわかれた殺人ゲーム。
現実に殺人を起こすのが犯人役のゲームマスターで、解決できるのは探偵役のプレイヤー。
実際に超難解殺人を起こし、リアルなミステリ体験を楽しむネットサークル。

そう、彼ら5人は趣向を凝らしたリアルミステリを順番に披露し、解決しあうことで充実感を得るネット内だけの仲間。

インパクトのある殺しを披露すれば仲間から賛美され、自分の番ではもっとインパクトのある殺しを画策する。
トリックを解決すれば誇らしく、先を越されれば本気で悔しがる。

そこには犯罪者たちの知恵と推理が交錯する本気の舌戦が展開されていた




リアルで殺人を繰り返し、ネットで仲間と語り合う。
いびつで奇妙な人間関係がここにある。

5人5様の殺人方法。
そこに動機はない。あるとすれば〝娯楽”。もしくは〝充実感”。
だとすれば被害者に理由はない。〝トリックのパーツ”としての意味しかない。

異質で非常識な犯罪なのに、彼らのチャットルームでROMしていると、なぜかそんな会話も普通に聞こえる。
読んで、ふと我に返ると自分も何か異質なものに侵されてきていることを感じる。

ミステリでありながら主要人物が全員殺人鬼で探偵というのが怪。
本作品の異質、、、いや魅力か。

とにかく異質、いびつで進んでいく内容。
最終的に物語の体に繋がっていくところは作者の力のなせる技だろう。

読者として、キャラクターより先にトリックを解決すれば嬉しいし、最後までわからなければ悔しい。
ボクもすでにミステリ・デスゲームの仲間らしい。

しっかり完結してたけどぅ、、、3部作になるんだって?
今年中に読めるかしら。

HEROS

HEROS シーズン1

シーズン1
旧年中に見終わってた。
3日くらいで23話を視聴。コイツも長かった。

前職の後輩からムリヤリ薦められたことが切っ掛け。
借してもらったDVDは15話くらいまで見たが、それから音沙汰なかったので自分で買ったんだよねぇ。

つーことでコレを期に、1話から見直した。

よくもまぁ、<超能力者>の1アイディアでここまで話を膨らますよなぁ、ということに感心する。
出てくる能力者もめっさ多くて、同じ能力が被ることがないのでキャラ立ちがしっかりしてる。
そんな各人にエピソードがあり、基本的に全く関係ない人同士が23話で一応の出会いを果たすが、、、それでもあまり面識はないままシーズン1が終了するという展開。

いろんな意味でご都合主義的展開なんだけど、シナリオ作りの参考になった。
各人のエピソード、悩み、都合、別の能力者との出会い、救い、事件。

フィクションを作ろうとすれば何はなくともキャラを立たせて話を盛り上げる展開を用意しなきゃならない。そうしないとお客さん(視聴者)が付いてくれない。
普通の話はつまらんのだ。見てる人は間延びにしか思ってくれない。

HEROS は、一応の中心人物となる主人公と、とりあえず主人公とは全く関係なかった能力者がそれぞれの生活や問題をもがきながら解決していこうとするうちに出会い、敵となり味方となりを繰り返していく、あんまり取りとめがない話。

主のシナリオである『ニューヨークが爆破される』ということが中心になるものの、そんなもん興味ないやつや、そもそも知らないやつもいる。

うーん、なんかな。
こう書いてても一体なんだったのかな?というドラマだった。

が、しかし、

「なぜか気になる、興味あるぅぅ!!」

シナリオ作りがうまいのだろう。
とにかく続きが気になるのだ。


このドラマの作り。研究してみよう。
HEROS シーズン1 相関図

よくわからんのがわかっていたので相関図を作りながら視聴したわー。

むかし僕が死んだ家

むかし僕が死んだ家

昔の彼女から連絡があった。
内容を要約すると
『育児ノイローゼに掛かっている自分が子供を全く愛せないのは、幼少時の記憶がないからではないか?
 だとすれば、その記憶を取り戻して普通の生活を送りたい。
 死んだ父親が不審な行動を取っていたのを知っており、どうも自分の記憶と関係がある気がする。
 父の行動を把握して記憶を取り戻すための旅に同行してほしい』
というものだった。

すでに別れ、彼女は結婚して子供も設けている。
理由はどうあれ第三者から見れば彼女と旅行をするというのは不倫に見える。
僕は一度彼女の申し出を断ったが、彼女の子供に対する虐待とそれをしてしまったが故の心の傷を知り、仕方なく同行することにする。

僕たちが向かった場所は、古い大きな屋敷だった。

地方の別荘地帯から少し外れた誰も住まない大きな屋敷。
電気も水も通っていない。
しかし、食料があったり本があったりと生活感はある。

彼女はここに来たことがあると言うので、それを頼りに部屋を物色することにした。
しばらく誰も来ていないようであるし、そもそもこの屋敷の鍵を彼女の死んだ父が持っていたことから、ここの管理か所有は彼女になっているのではないかと思ったからだ。
とはいえ、これは正式な話ではない。
彼女の記憶を探すためにムリにこじつけてそう考えることにしたのだった。

調査を進めていくうちに、素人ながらも推理できるような品物が出てくる。
特に少年の日記は重要だった。
家族構成や少年の心情が拙い字体で書かれていた。

その日記の中に少しだけ彼女の名前が出てくる。
それほど多くはない。重要な項目として考えることもできない、ちょっとだけの登場だ。
でも彼女は確信する。

「私はここに来たことがあるんだ、ここに私の記憶がある」

日帰りの調査のつもりが、一晩を超える長丁場の調査に変わっていった。


帯に書かれる『登場人物は二人だけ』に過敏に反応。
(どういうこと?)という思いで購入。

正確には、屋敷から少し離れた場所に観光地があり、入った飲食店で屋敷の話を聞くという場面があるので、『二人だけ』ということはない。が、それを言うのは野暮なのだろう。

ほぼ二人で進む物語で、一読すると、その昔流行した『弟切草』に似ている気がする。
かなり面白かった作品なので、ここら辺にインスパイアされたのではないだろうか?

パクリとは思わないし、こちらの面白味もあるので読んで損ということはない。
ただ読後感としては中途半端に終わった感が残るかも。

東野作品は、この読後感が『パネー気持ちいい』ものと『バッサリ切られたなぁ』というもので印象が違う。
あの東野圭吾ですら、ラストの締め方には苦労するのかもしれない。
いつか、ラストの研究をしてみたいものだ。

意外な展開はもちろんあるが、『非常に衝撃的』ということはなく地味に進む。
多分ミステリに属すると思うので、筆記用具必須で楽しむと一層面白味も増すだろう。

古い本だが、時代に関係なく読めるのでいつでも読んでください。
個人的には実写映画化したらサスペンスものとしていけそうな気がする。

でも、もうひとネタ足さないとダメかなぁ。

旧年はお世話になりました

12-13目標_3分の1
旧年なんて話をするのは遅いよね。
新年始まってから振返るなよな。超ウケる~! 

仕事を辞めてこちら、3つの目標を掲げて頑張るつもりだった。
その時に紙に目標を書いて部屋に張り付けたのだ。

そのひとつ、<ツール・ド・おきなわ>は達成した。
これでひとつ自由になったのだ。

<おきなわ>という目標は納期がタイトだったし、予想に反して体が作れなかったので、実に5カ月を丸々集中して使ってしまった。
3つの目標を1年で達成していく予定なので、これはちょっとヤバいと言える。

とはいえ、、、、
目標②はボクの気持ち次第でいつでも達成できそうな感じだし、目標③は〝目標”というより〝夢”に近いため、今でも達成できる気がしねぇ。

努力すれば届きそうだが、少しでも手を抜くと達成できない目標が<おきなわ>だったのだ。
これを掴むための努力は大変なものだったと今でも思う。
だから他の2つの目標とはちょっと印象が違う。『頑張り次第だ』という強迫観念があった。

あれから1カ月。
“自転車に乗る”という生活リズムがようやく抜けて普通の人になり下がった。
これでようやく次の目標に集中できるという感じになってきた。
年末年始も騒いで終われたし、そろそろ頑張らなければいけない。

しばらく忘れていたが、部屋に掲げた<自由年の心得>を思い出す。
自由年の心得
この中で散々お世話になった言葉。

『毎日が〝人生を変える日”』

これを唱えて、これから毎日頑張ろうと思う。

正月3が日も終わった。
これからは通常モードでいく。

さむーい冬のあいだ、地道に目標へ向かってがんばるのだ!

年末年始の男呑み。ことよろ。

年末。
27から29の3日間、呑み会という名目で居酒屋に通った。
29日はボクの家で翌日まで呑んだから30日も死んでいた。

31日は独身男性3人でカウントダウンをし、例年通り盛り上がる。
31日牡蠣鍋
このとき作った牡蠣鍋がうますぎた。
すでに塩ちゃんこを食べたあとで作ったのだが、スーパーで2000円分の牡蠣をぶち込んだこの鍋は、ビール、焼酎、日本酒をガンガン呑んでる体にとっても優しかった。

塩ちゃんこのダシも、カニやホタテも凌駕する“牡蠣の量”。
二日酔いに効くと言われる『しじみ汁』的な“貝系”のエキスが出まくりな逸品鍋!
これは、、、また食べたいなぁ。
もしかすると、友人母が牡蠣に対して下ごしらえをしてくれた効果が出てたのかもしれない。
ありがとう、友人母!!

おかげで酒の影響もなく、翌日の大山登山を睡眠時間2時間で完遂。

2日ミルフィーユ鍋
そして2日も正月らしく酒と鍋の時間で過ごした。
見た目麗しいミルフィーユ鍋。
ブタバラなんかめったに食べないから、新鮮な気分も上乗せされたか、ダシが非常に利いててうまかった。

この日は昼から公園で野外呑みを始め、ダメな大人っぷりを演出。(演出?)
風が強すぎて寒過ぎたので2時間くらいでそれはやめて、友人宅でミルフィーユ鍋をつつきながら呑みまくる。
31日に残った酒も呑み尽くし、23時まで呑んで終了。


いやぁ、食った。
いやぁ、呑んだ。
いやぁ、ダメな大人だった。

さて、そろそろ頑張り始めようかな???!

2013年、あけましておめでとうございます!

2013年、初日の出
大山は阿夫利神社に初日の出を見に行きました。
そしてそのまま大山登山っす。

一昨年と同じメンバー+もうひと世帯という構成で、少しだけ大所帯になった登山行。
2年前グズッた少年も2年経って成長したかと思いきや、全く同じグズり方をしてたりとか、友人の運動不足にびっくりとか、時間経過を感じたり感じなかったりだ。
阿夫利神社

早朝3時半に忘年会後の友人家を出て、深夜の臨時電車を乗り継いで伊勢原へ。
伊勢原から大山ふもとへの直行バスは乗車率120%で大混雑。
20分かからずに大山バスターミナルに着くが、ここも神社までの登頂者で賑わっている。

今回、心境の変化から『初日の出』『参拝』『祈願』をしっかり実施。
初日の出に手を合わせ、神社の境内に賽銭をして手を合わせ、復興支援の募金をし、おみくじを引いた。
お願いの内容はただひとつ。

『クリエイティブな才能を開花させてください』

宝くじと同じく、本気で願うが<当たるも八卦当たらぬも八卦>というのはわかってる。
とにかく神頼みをして、努力も後から付けていくつもり。

引いたおみくじは『大吉』。
ボク、神社で引くおみくじでは初めて大吉を引いたよ。
昨年、浅草寺で引いたのは『凶』だったが、その後の努力で良い年になった。
今年の努力で、この大吉の運気を大いに引き出したいと改めて思った。

<願い事:思うままです。しかし油断すれば叶わず>

全くその通りだ。
初登り大山から富士はやっぱり見る山
初日の出が終わると、登山をする者と神社を降りる者にわかれる。
ボクらは山を登っていく。

なんとなく、ボクの役目は先行しすぎる子供の面倒かな、と思い、楽しいだけでどんどん登っていく子供に合流。一緒に登る。
先行すると言っても大山。早いと言っても子供の足。たいしたことはない。

頂上で全員合流し、8:30に昼飯(?)にする。
今日の頂上は比較的暖かく、過ごしやすかったが、山で飲む温かい飲み物に安心を覚えた。
鹿もお出迎え
鹿もお出迎えである。


この頃、子供たちのテンションもMAXになっており、下山は子供3人が先行する超展開。
しかも速い速い!
ボクは少しあとを追いかけることにした。

相手が子供なので、下れる元気があるうちに降りれるだけ降りてほしいと思い、ボクは3人を泳がせていたのだが、3分の1くらい降りたところで追いつけなくなる。

(あれ、おかしいな、これほど追いつかないことってあるのかな?)

と思っていたのだが、心配になって下山者に子供が追い抜いていったかを確認すると『子供には抜かれてない』という。

(マジか、、アイツら道を間違えやがった)

預かった覚えはないが、一応役目を負っていたつもりのミスだ。
ボクは下ってきた山道を分岐点まで折り返し、別の道からくる登山者に子供だけのパーティが下ってないかを質問すると『いた』という。
本当、怪しいと思ったときに人に聞いておけばよかったと後悔したが、降り過ぎないうちに止めるべく、子供たちを追いかける。ボクの足なら追いつかないわけはない。

そして子供たちを捕まえ、とりあえず休ませて状況を確認。
最終的には、こちらの道も分岐を間違えなければ同じ場所に出れるということで、本道を歩いているパーティとメール連絡を取ってそのまま分道で降りることにした。

幸運にも登り返して本道まで戻るという選択をせずに済んだが、山でこの間違いは遭難事故のニアミスだ。
子供たちに合流して判断できたことは良かったと思う反面、反省せねばと思う。

そんなトラブルもありながらーの、初日の出付き大山登山。
前日2時間睡眠だったので部屋に戻った夕方からは3時間ほど爆睡。今に至っている。

正月3が日はダラダラ過ごすことにしている。
これから酒呑んでTV見ながら何か作業します(笑。

みなさん、こんなボクですが、

今年もよろしくお願いします!