よーく考えてみましたが

4月に入り、ブログの趣向を変えようと思って取り計らってきたんだけど、

めんどくさくなったのでやめます!

『日記でいいのかなぁ…』とも思うんだけど、『それじゃ内容があまりにもないよなぁ』とも思う。
それでもいいけど、読んでいる方はもちろん、書き手ですら、ブログの意味が見出せない。

どうせやるなら、少しは意味のあることを…
そう思っているのだが、なかなか、うまくはいかないもので。

読んだ本、観た映画。
行った場所、見た景色。
街角の面白いもの、意味がよくわからないもの。

自分の取り組みとか、結果とか????

うーん、どうしたものかなぁ。
今まで通り、徒然書くのが一番いいのかなぁ。

日々の短い感想なんかでもいいから、とにかく毎日書いてみる…とか?

とりあえず、4月から始めたアレ。
旅なんかを一人称で小説風に書いてみよう、というのはハードル高ぇ。
続かないわ。

うーん、どうしようかなぁ。
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学生です。

荒島岳から帰ってきて、何日かの用事を済ませたすぐに、とんぼ返りのようにして滋賀・京都への旅をした。
京都から帰った当日に呑みがあり、翌日入校式ということで旅の内容がまとまっていない。

だから別件のお知らせだけ。

入校しました。
職業訓練校っす。

ここで【電機基礎】【電気シーケンス制御】【機械工作】を1年かけて学ぶことになる。
いずれも少しかじっているので、無謀な冒険にはならないはずだ。
脳みそが老人でも、とりあえずはついていけるだろう。

学生証もあるし、学割で定期も買ったし、この歳になってこんなもの扱えるなんて新鮮だ。

今週はレクリエーションばかりだが、来週からは勉強に入るのだろう。
呑んでばかりもいられない。

夢を追いかけるのも、とりあえずあと1年ということにする。
延長という形になるのか。
勉強しながらだが、もう少し夢を見ようと思う。

その後の現実に目を向けるためにも。
入校しますた

荒島岳⑤

3月28日、3日目だ。

4:30に起きた。
昨夜は21時に就寝したので、7時間半睡眠だ。
これが長いと言う人もいるが、ボクにとっては丁度いい長さだ。
だいたい、目覚まし時計を掛けずに寝ると、7時間半で目が覚める。体が起きようと言ってくれる長さだ。

テントを出て、天気を確認。悪くはない。やはり重苦しい曇天だが。
トイレを済まし、テントに入る。
さぁ、撤収だ。

6:10までに駅に到着してなければいけない。
そうしないと始発に間に合わない。これを逃すと11時まで電車が来ない。それはさすがにヤバいだろう。

移動時間を20分に設定すると、5:50までに撤収したい。
しかし、練習も兼ねて、撤収1時間以内で済ませれば、今日のところは合格としよう。

食べ残した行動食… というよりは予備食料であるチーカマを食べながら荷物をまとめる。
意外に進まないことにイライラするが、経験不足である。しかたない。

テントを使って泊りながら旅をすることは、度々おこなってきたが、年イチとかそんな頻度だ。

思うのだが…
何事も、長い間隔を明けて活動をすると経験値が上がらない気がする。

フットサルを例にあげるが、月イチくらいの練習では、全くうまくならない。
ただ、球に慣れるだけ、メンバーと仲良くなれるくらいである。
その日得た経験値は、次の月には全く反映されない。

これが月二くらいになると、少しは経験値が残ってくる。
ちょっとだけうまくなったと意識できるようになる。

そして週一くらいになると、断然うまくなる。
とはいえ、上を目指そうというレベルではない。
フットサルが様になるレベルだが、それでも月イチのころと比べて、段違いでうまくなれる。

月イチでは経験値が増えない。
間隔と頻度は非常に重要だと、ボクは思う。

テント泊なんて、昨年までは年イチでするかどうかだった。

若いころは、テントは重いから持って行かなかった。
山へは行かないから必要がないという理由もあったが、シュラフとシュラフカバーで旅をした。
こうなると野営ではなく、野宿だ。
そういう野性的な旅の続け方は疲弊する。
そもそも雨が降ったらかなりヤバい。耐える旅になる。

そういうことを知って、山はテント泊がいいと思った。
山を縦走することを考えると、野ざらしでは危険… いや、無謀な気がする。
装備によってはできない気もしないが、そうなると登山という目的ではなくなる。
ただのサバイバルだろう。
百名山でする必要はない。そして、ヤル気もない。
鳥もさばけない根性なしなのだ、サバイバルに挑戦する資格はない。

そういうこともあり、ボクは意外にテント泊での経験値が少ない。
装備も、準備も、撤収も、今は練習あるのみなのだ。

ちょうど1時間だった。
モグモグとソーセージなどを咥えながら、テント内で装備をザックに格納していく。
最後にテントを収めたスタッフバックをザックにしまい、背負うまで、ちょうど1時間。

テント内で作業して、最後にテントをしまったのは、雨の日の想定をしたから。
野外活動では、やはり雨が一番の厄介事項だと思う。

とりあえず、撤収は合格だが、それでも不満は残った。
本当なら、食事も含めて1時間にしたい。
どうだろう、それはムリなのだろうか? それとも慣れと効率で可能なのだろうか?

そんなことを思いながら勝原駅へ向かう。
昨日登った荒島岳頂上付近はガスで見えない。
改めて、自分が登った軌跡を見たかったが、それは無理だった。

予定通り、6:16の始発で出発。

乗車したのはボク一人だった。
この集落には子供はいないのか?
学校へ行く少年少女はいないらしい。

先客は4人だけだった。
観光客らしい2人。お父さんと少年。五竜線が珍しいのだろう。あちこちと歩いては見ている。
中学生らしい制服を着た女生徒が一人。スマホを操作中。
中高生くらいの男子が一人。こちらは寝てる。

往路と違って、余裕で座る。
ローカル線は静かに進む。昨日の充実感もあって、旅情を感じる。

しばらくすると、向かいで寝ていた少年が起きたらしく、声をかけてきた。
「荒島岳に登ったんですか?」
聞くと、彼は部活で4月か6月に荒島岳に登るのだと言う。
ボクは、今は残雪が多いとか、雪の底に空洞ができてるから足元が危ないとかを教えてあげた。
しばらく山や部活の話をしていたが、彼は途中で下車していった。
ボクは福井まで行くつもりだ。駅弁が食べたい。
福井 カニ棒寿司
福井で、カニ棒寿司を購入。
次に乗る電車がすでに到着しており、発車まで30分あったので、車内で食する。
おいしゅうございました。米ばかりで飽きそうだったけど、全然ぺロリと平らげました。

それからは電車に乗りまくるのみ。
12時間乗るのだ。大変だ。

平日なのに、旅をする人は多い。
金曜日というのはあるのだろうか?
初老…という印象の方をたくさん見かけた。
もちろんファミリーもいたし、外人もいたが、そちらの方は少数派だった。

豊橋までは空席が目立っていたので座ることができた。
ゆったりとした気分で、復路で途中下車してお風呂に入れないかスマホで検索する。
優柔不断が邪魔をして、なかなか決まらないが、焼津に決めた。
決め手は… なんだろう? フィーリング??
『焼津黒潮温泉健康センター』という、庶民的なのか、観光的なのかわからんネーミングが気になったのかもしれない。

豊橋からは席が埋まり気味だったので立つことにした。

長い長い電車旅。ちょいちょい読んでいた小説もとうとう読み終える。
名古屋あたりでは、咲いてたり咲いてなかったりとまばらだった桜も、静岡県内では見ごろだ。

心が満足していると景色の見え方も違う。
移り行く景色が、どれもキレイだった。
平和な気分。ぼんやりと景色をながめる余裕もある。とてもいい気分だ。

焼津には15:10に到着した。
やはり、結構な時間が掛かる。
しかし、昔の旅はこんなものじゃなかったろうと思えば、大変というものでもない。
焼津は桜が見ごろ
焼津ではチラホラと桜が散っていた。
満開から少し出たところかもしれない。
こういう景色は好きだ。帰ってからの花見が楽しみである。
焼津 温泉 なのか
温泉に到着してみると、昔懐かしい印象の建屋だった。
中に入ると大音量のカラオケが聞こえる。宴会があるらしい。
時間によっては、時代劇風の演劇もやっているらしく、こちらも昔ながらのスタイルなのかもしれない。

演劇を観る時間的余裕などないので、さっさと入浴。
温泉と言っているが、本当に温泉なのだろうか?
湯質は白湯に感じた。確かに、健康センターだな、これは。
でも、舐めた感じが少ししょっぱかったので、温泉かもしれない。
効能表示とかあれば『温泉だ!』と声を大にして言えるのだろうが、これでは何も言えない(汗。

風呂あがり、
焼津 焼津丼
ビールとつまみで、日記と旅行のデータをまとめた。
注文していた【焼津丼】がテーブルに並べられたとたん、猛烈な勢いで食べる。腹が減っていた。いや、マジで。

しらす、桜エビ、なんだかわからん焼き魚のフレークをドーンと乗っけてある。
おいしゅうございました。 地モノは良い。健康センターでも、やはり良い。
旅帰り、最後の晩餐としては申し分なし。

3時間ほどゆっくりして、18時に電車に乗る。

やばい。
ほろ酔いで電車に立ち乗るのはしんどい。
しかも時間が時間だけに乗車率も高めだ。
酔いが醒めるまで、しばらくキツかった。

焼津からはまっすぐ帰って、21時半に電車を降りた。
帰宅は22時近く。

18切符を使った弾丸登山ツアーはここに終焉を向かえる。

無事に帰ってきてしまった。
雪山を見たときはどうなることかと思っていたが、どうにかなった。
経験を積んだ。
思い出を手に入れた。

自分が成長できたと感じた旅だった。

早速、コンビニで酒を買い足し、旅の打ち上げをしたのは言うまでもないだろう。

荒島岳④

荒島岳のお社
頂上に到着して、まずはお参りをする。




今年、ボクは参拝を心がけている。
昨年までは、神に手を合わせることも拒んできた。

ボクの人生はボクのもの。

神様といえども、少しだって手伝って欲しくなかったのだ。

それがなぜ、今年は参拝するのか。
正確には『今年から参拝するようにした』と理解してほしい。

今まで通り、実は神様なんて信じてない。
だが、もし存在するとして、だからと言って手助けしてもらおうというのは、なんか違うと思う。
自分の人生は自分で進む。それが大前提だろう。

だからなぜ、今年から参拝するのか?
…と思われるだろうが、こういう考え方をしている。

『自然(≒神様)に対して感謝するくらいはいいだろう。
例え、それが存在しないものでも、自分の気持ちを落ち着かせるもので、余裕が生まれる行為なら、やるべきではないのか?』

世界には祭りがある。
あれも神様があるから、祭っているのだろう。
かつてボクはそれすらも楽しめない人間だった。

何を祭るのか?
それがなんの役に立つのか?
浮かれているなんて、バカらしい!

そんな感じだ。

神社には近づきたくないし、寺も行きたくない。
神仏入り乱れて嫌いだった。

そして、神様を信じないくらいで人に不平を行う神がいるなら、そんな神様なぞ、こちらから願い下げだという気持ちでいた。

不信心だと言わば言え!
気に入らなければいつでも殺せ!
ボクは常に不幸だし、生まれたことに感謝だってしていない。
お前を頼るくらいなら、いつでも命なくしたらぁ!

…という中二病臭い感情を胸に、大事な青年時代を過ごしたのだ。

だが、
34歳くらいからだろうか。
そんな意識が変わってきた。

大きな仕事を任されるようになり、自分一人ではどうにもならなくなったことが原因だ。

今までは与えられた仕事を自分の能力でやってきた。
もちろん、これは労働の話だ。
たくさん作ればたくさん売れる、だからたくさん作るんだ、という労働の話。
ボクはたくさん作れるような人間だった。
人の2倍を作れる感じの人間。
要領はいいのだ。器用じゃないけど。

だが、仕事が労働だけではなくなった。

売れないものを売るにはどうしたらいいのか、を考える側に回ったのだ。
たくさん作れないものをたくさん作るにはどうしたらいいのか、というのもそうだ。

こうなると労働ではない。今までのやり方では通じない。
たくさんの仕事をこなして、最終的には一人ではどうにもならないことがわかった。

人の協力がいる。

そうして人と接する内に、自分の中にある“人への恐怖”というものがわかってきた。
トラウマがあるのだろうか。ボクは人に恐怖していた。

詳細は置いておくが、以来、ボクは対人恐怖症の克服のため、訓練を積んでいる。
なかなかに成果は上がってきているが、いかんせん15年近く閉ざされた封印の扉だ。完治にはもう少しかかるだろう。

今は、人を理解する…というより、人間的な何かが取り戻せそうな気がしている。
そんな道程で、神様と自分の在り方についても、明確に何かが掴めるようになってきた。

ボクの独自な視点からだが、こう思っている。

神様の存在を信じなくてもいい。
だが、在りもしない神様を毛嫌いすることは、結局のところ、神様を信じているのと同義ではないだろうか。

ボクは何かを頑なに拒否していたのだ。
神様も、人も。世界すら。

ボクは否定をやめる。
神様を信じる気には毛頭なれないし、その気もない。
しかしこれは否定ではないと思う。“ないものはない”のだから。

でも、古くから伝わる祭りや風習は人間が作り上げたものだろう。
そういう祝い事は、伝統として、文化として楽しんでもよいのではないか、と思うようになれた。

お願いも自己暗示みたいなものだ。
神様はきっと何もしてくれない。奇跡は訪れない。

しかし、お願いをすることによって、願望は言葉になり、明確になる。
明確になった気持ちは、おのずとその後の行動に表れていくだろう。
神様に手を差し伸ばされることなく、自身の力で乗り越えていけるのだ。

だからボクは参拝することにした。

神様に頼るという意味ではなく、自然を身近に感じ、自身の願望を明確にし、その後の行動を決めていくために。




頂上に到着して、まずはお参りをする。

賽銭を入れ、神を起こす。

まず名乗る。
どこから来たのか正体を晒す。
土着の神に到着を知らせる。

本来なら、ここで定番となるお願い事などいうのだろうが、今回はやめた。
たくさん祈るのは、ご利益が薄まりそうだ。
今、お願いするべきは帰りの無事だろう。

急峻な嶺を上がってきた。
下りの心配をしながらだ。

もし死んだとしても構わないが、それに伴う膨大な労力を他人にかけさせるのはためらわれる。
事故に遭うのは仕方がないにしても、遭わないようにする努力を惜しんではいけない。

だからその努力に願をかける。
「無事、荒島岳登山が終わりますように。努力はします。がんばります」と。


お参りが終わると、頂上からの写真を撮りながら行動食を口にした。
昼飯がまだだ。腹が減っていた。

少しでも腹に物が入ることで景色が良く見えるようになってきた。
こころなしか、青空も端々に見えてくる。太陽が明るい。
天空から
荒島岳は一応単独峰である。
山々が連なる連邦ではない。日本アルプスや丹沢のように山々が連なってはいない。

ひとつの峰であり山であるから、ほぼ360度、下界が見える。
それは天界に登ったようであり、空を飛んでいるようでもあった。
雪で覆われた頂上は、まるで雲に乗っているかのよう。
雲に乗せられ、空を飛んだなら、こんな風だろうという世界がここにある。
天空の雪原にて

白山が見える。恐らく向こうは大山。
集落が見える。反対には湖を抱く町がある。
しばらくの間、写真を撮りながらの空中散歩を楽しんだ。

ふと、空が曇る。
ボクは我に帰る。そろそろ潮時だろう。

準備を整え、頂上をあとにする。
思えばここまで誰にも会っていない。
もし、帰りも誰にも会わないとするなら、今日の荒島岳はボクだけのものだ。

テンションが上がる。
今日の荒島岳を独占するためにも無事に帰らなければいけない。

下りに入る。
思ったより滑らない。
体重と落下による加重が、雪原に足をめり込ませる。滑るというより、むしろグリップが増している。

それでもどこかに氷のような硬質な部分があれば滑ってしまうかもしれない。
注意をしながら下るが、心は安堵している。

「不思議だ。下りの方が落ち着く」

登りのときは、足を踏み外さないように、まるでモンブランにでも登るかのように注意していた。
滑ればどこまでも滑っていく、そんなイメージがぬぐえなかったからだ。
尾根の端など行こうとも思わなかった。

しかし、下っている今は逆だ。
滑るわけがないと思っている。いや、滑ったとしてもなんとかできると感じている。

下るスピードを上げる。
大丈夫だ。
ワザと足を滑らせてみる。
1mくらいだが滑った。しかし、その程度だった。

こうなると不安はなくなる。
もう、楽しいとしか感じなくなってくる。
元来、下るのは得意だ。
自分の領域で、自分の下りができるとなれば、それは一番楽しい時間に決まっている。

ボクは雪を踏み荒らし、崖にさえ思える斜面を下っていった。
そして、登りでは2時間かかった<シャクナゲ平~頂上>を、30分弱で下ってしまった。

もう、登山は終わったも同然だった。
一番の危険個所を、楽々通過してしまったのだから。
もちろん、登山は終わっていないのだから、絶対安心とは言えないが、これから先は読めている。
帰る道も、時間も、労力も、恐らくボクの想定内で収まることだろう。
不安要素はもうないのだ。

だいぶ遅くなった昼食を、たっぷり1時間かけて摂る。
締めのコーヒーがうまい。
頂上の様子を反芻しながら、思いを馳せるが、どうやら天候が悪くなりそうだった。
頂上はガスで見えなくなっていたし、シャクナゲ平も薄ら霧がかってきていた。

充分な休息が取れたボクは、残りの行程を休みなしで下りきった。
<登山口~シャクナゲ平>は、登り3時間かかったが、下りは1時間だった。

登山口に到着して、いつも通り「ああ、今回も無事だったな」とボクはつぶやいた。
それはもう、斬鉄剣を持つ五右衛門ばりの定番セリフになっている。
斬るための剣でモノを斬っておいて、『つまらぬものを斬ってしまった』と嘆く五右衛門。そして、無事に帰る計画をしているクセに、無事に帰れればそれはそれで残念と思ってしまう自分。理不尽なところに共感を覚える。

ミッション1
荒島岳登山 …コンプリート!

となれば、アイゼンだ。
ボクは所有者に連絡を取る。どうも彼は地元の人らしかったので、書置きのあった場所にアイゼンを置いておくから取りに来てほしいと伝えた。

ミッション2
アイゼンの探索 …コンプリート!

完璧だ。
いつにもなく完璧で、やりきった感に包まれながらテン場に帰る。

そういえば、下山中も人には会わなかった。
2013年3月28日の荒島岳はボク独り占めの日。
例え日本にたくさんの人がいて、世界に屈指のクライマーがいたとしても、今日、この日だけは、この山はボクの山だ。
そう思える自分が誇らしい。
そしてその幸運がとても嬉しい。

途中、キャンプ場管理者らしい公民館へあいさつへ行き、水をもらう。
勝原駅で明日乗る帰りの電車を確認する。
始発を逃すと
始発を逃すと5時間待ちという凄まじさ!過疎線の威力を痛いほどに知った。
明日は絶対二度寝できないと固く誓う。
そして寝所の勝原遊園へ。

17:30前には到着し、明るいうちに体を拭く。
キャンプ場の水は冷たいが、なかなかに気持ちがいい。多分、達成感のおかげだろう。

そのあとは荒島岳登山の打上げを一人で始める。
打上げ
敦賀で購入したニシン寿司が地元感出してて浸れる。
この日の夕飯もカレーだったが、レトルトではなく缶詰だったので、また違う感覚で楽しめた。

酒がうまい。肴もうまい。
挑戦を終えた日は気分が最高だ。たとえ星ひとつない空だとしても、それも悪くないと思えてしまう。

空は闇の帷を閉じた。
ボクは闇夜の中で、ゆっくりと今日の余韻を噛みしめた。

荒島岳③

3月28日。荒島岳アタックの日。

4時30分にアラームで目が覚めたが、外は雨。
テント内に雨音がけたたましく鳴り響く。
聞こえる雨音は激しいが、実際はそうでもないことが多い。
テントの幕は音を響かせる。うるさいとは思わない。風流だと思う。

外が暗いし、雨だし。
ボクは二度寝することにした。
それほど行程が切迫しているわけではないのだ。

5時30分。
さすがに外は明るい。ボクも起きる気になった。
雨も少し退いているようだった。
テント内でくすぶるような降り方はしていない。

22時から寝て、5時30分まで。
何回か目が覚めたが、しっかり7時間半寝ているのだからスッキリしている。

さぁ、お楽しみの朝食を作ろう。

今回から使い始めたカップで長ネギ入りチキンラーメンを作る。
作るというようなものではないが、大容量のカップとチキンラーメンの使いやすさを見ておきたかったし、生野菜を持ってくるのも初めてなので、それだけで少しテンションが上がっている。

登山の準備をしながら麺をふやかしたので少し時間が経ってしまったが、チキンラーメンの温かさは充分納得のいくものだった。これが金属製だと冷え方が半端ない。すぐにぬるくなってしまう。ボクはそれがいやだったので、2層構造のプラスチックを温かいモノを入れる容器に使っている。
前のモノは飲み物しか入れられないような小容量だったが、今回はラーメンも入る。このカップひとつでだいぶ食料の選択肢が増えそうだった。

生野菜は長ネギしか持ってきていないが、それだけでも充分嬉しいものだとわかった。
乾燥野菜はやはり味が微妙だ。摂取している感があり、食事に潤いを与えるようなものではなさそうだった。だから今回は試しに生野菜を持ってきてみたのだ。

食事に楽しみを増したいボクは、調味料セットと、まな板と、カッティングナイフを持ってきていた。
今までの山飯にはない装備だが、あれば期待感がアップする。
いい感じだ。

食事を終え、軽装に身を固める。
やはり昨日考えた通り、テントをそのままに、余計なものは置いておく作戦をとることにする。

カッパを上下着込み、雨用スパッツを履く。
ザックにはお湯を沸かすだけの小さい鍋とアルコールバーナーセット、冬用ダウン、水1.5L、昼食用ラーメンとソーセージとカルパスとおかしを少々、Wストック、軽量イス、チェーンスパイク、トイレセット、軽量ブランケット、救急セットが入っている。

背負う。
意外に重い。10kgくらいかと換算する。
ここでも重さは気になる。
しかし、10kgは行動の支障にはならないから大丈夫。
問題にしているのは、ボクの予想と実際が違うということだ。
軽く収めているはずなのに、意外と重い。
そういうものなのだ、と思うのは容易いが、しっかり理解しておかないと無駄にエネルギーを使うことに繋がりかねない。
今後の活動のためにも、重さは特に気を配っておく必要があると改めて思っていた。

雨降りの中、7:45に勝原遊園をあとにした。
登山口までの道すがら、山々を仰ぎ見る。荒島岳があると思われる方向をしっかりと見る。
昨日、電車のなかで、「あの山じゃなければいいなぁ」と呟いた山。
今日登るのはあそこなのだろうか?
だとすれば、用意した滑り止めがチェーンスパイクというのはいかがなものだろう。
…うん、完全に足りてねぇ。

あの山でなければいいなぁ
写真は「あの山じゃなければいいなぁ」の山

あの山でなければ
写真は「(のちに)やっぱりこの山だったか!」と少し後悔した山。
実際の頂上はこの奥にあり、頂上からは勝原遊園は見えない。


駅で水を汲み、初めての道を通りながら登山口に到着したのは8:15。
昨日のうちにテント内で書いた登山届を提出するためにポストを探す。

公衆電話ボックスがあり、そこには電話ボックスの代わりにポストがあった。
手書きの地図や、注意事項なども置いてある。ありがたく手書きの地図をもらう。
とはいえ、ボクも地図は持っている。等高線付きの地図だ。
山において地図は非常に頼りになる相棒みたいなものだ。
登山中、何度も地図と語り、地図に質問する。
情報の質が違う地図なら、いくつ持っても良いと思う。

登山届のポストの隣に、これまた手書きで書かれた紙があった。
『3月27日に登山をして、12本爪のアイゼンを落としてしまいました』
もし見つけたら回収して連絡してほしいという内容だった。

27日と言えば昨日である。
ボクが回収できる可能性が高い。
と、すれば… これはミッションか!

楽しくなってきた。
アイゼン、ぜひ見つけて返してあげたい。

<今日のミッション>
1.荒島岳登頂
2.アイゼンの回収


8:35に登り始める。
もともとはスキー場であったのだろう、リフトの柱とワイヤーがある。その柱伝いにアスファルトの坂を登っていく。
しばらくするとアスファルトは消え、ごろごろとした岩場が続く。結構歩きにくい。細々とした岩はボクの足元を不安定にさせるが、そんなことで転ぶボクではない。
この頃には、雨はすっかり顔を隠していた。濃い曇天が残っているが、このまま降らないでくれれば、軽快に登れる。山の天気は変わりやすい。いい方に変わってくれと願った。

長い岩場が終わると、そこは雪の大地だった。
雪道
端々に草木が顔を覗かせているものの、ほとんどが雪。
登山道はどこだかわからず、前日までの登山者が付けたものだろう足跡を辿って登る。
しかし、幾筋もの足跡があるので、どれを信用したものかわからない。
登り易く、かつ、信用のおけそうな足跡を選んで登る。
ときどき立ち止まり、登る先を確認する。そして振り返り、登ってきた軌跡が不自然な場所でないことも確認する。
雪の大地は判りづらい。明確な道がないから。
それでも進まなければならないから、確認は細かくおこなっていく。


荒島岳、標高1523m。
登りの参考時間は4時間。足が速ければ3時間も可能だという。
途中、目標となるものは【トトロの木】と呼ばれるブナの老木。そして【シャクナゲ平】と呼ばれる高台の丘。


もともとゲレンデであったのだろう雪の大地を登り、9:25に旧登山口へ到達した。
ここからはブナの木の森が続く。間隔は広いが大きなブナの木がたくさん並んでいる。
森に入っても雪は深い。
そして登りも急になっていく。

滑って落ちないよう、キックを繰り返して足場を確保しながら進む。
速ければ3時間で登頂できるのだからそれを目指しているのだが、進みが遅い。
雪のせいだ。
滑落防止のために足場確保する時間が増えていた。また、雪道ゆえ、たくさんの踏み跡から正確な道を探すのも何気に時間を使っているような気がする。

足元が悪いゆえ、道を間違えると復帰が面倒だ。少しも間違えたくはなかった。
そんな慎重さが足運びの速度を落としていたのだろうと思う。

トトロの木
写真はトトロの木。
大きくて立派な老木で、この山のシンボル的存在。


ブナの木林が続いていた。
ブナの森
ブナの木がたくさんあるが飽きることはない。
そりゃ、毎日一週間も見てれば飽きるのだろうが、今日のところは飽きずに済みそうだった。
若い木、青年木、老木。足元から曲がるものがあれば、コブが立派に主張しているものもある。
ボクは植物に詳しい訳ではないから、「これはマツ、これはスギ、これはブナ」なんて断言できるような知識はないが、ここは丹沢とは違うな、とはさすがにわかる。

みんなは山登りとひとことでいう。
なぜ、山に登るのかという人までいる。

『そこに山があるからだ』なんて真顔で言えれば恰好もつくが、ボクはそうでもない。
山が好きなのか、と言われればそうでもあるし、そうでもない。
自然が好きかと問われれば、そりゃそうだろうけど、機械も好きだ。

じゃあなぜ登るのか。
多分、感動したいのだと思う。

初めて見る風景。
初めての体験。
変わりゆく天候と地形、そして植物の生態系。
動物との遭遇。
疲労と挫折、充実感と達成感。
登った者しか見ることのできない景色。
そして危険。

いたるところに感動は落ちている。
山は疲れるんだけど、感動の数と量がすごい。
自己責任で登れと言われるほどにハードだからいい。
人と会うことが少ないから、会えたときの嬉しさも大きい。

冒険をすること、冒険している人に会うことが好きなのかもしれない。
だから別に山でなくてもいいのだが、百名山を目指すというのは目的として判り易かった。
切っ掛けとしても掛かり易かったし、計画も立てやすかった。
ま、そんなこんなで今は山を登っている。


トトロの木を越えたのに、全然しゃくなげ平が見えてこない。
自分の中で2時間を考えていたのにもうすぐ3時間になりそうだ。
絶壁のような登りをキックを繰り返して登る。

チェーンスパイクを履くべきだろうかと考える。
いや、まだ大丈夫だとも思う。
行けるところまでお助けグッズには頼りたくない。すぐに使ってしまっては経験値が得られない。
ボクは登山靴のまま、キックで登っていく。

シャクナゲ平に到着したのは登り始めて3時間後の11:20だった。
本当なら休憩したかったが、この遅さでは後々大勢に響きそうだったので、そのまま頂上を目指すことにした。

15時を越えたらイキナリ山は寒くなる。
そのとき遭難していたら状況が切迫してしまう。

15時には下山タイムがわかるような場所にいたかった。
頂上まで行ってないのだから帰りの状況も想像できない。ボクは先を急いだ。

シャクナゲ平からは稜線を歩く旅。
切り立った稜線を絶景が挟み込む。

絶景ということは遮蔽物がないということでもあり、滑落時の危険度は増してくる。
滑落したが最後、どこまでも滑り落ちていくということもありうる。
加速度がついた体は、とうとう遮蔽物にぶつかり、大怪我や死亡なんてこともあるかもしれない。

山の絶景は嬉しい反面、危険でもある。
自然に足元すくわれないように、慎重に進まなければいけない。

稜線を進む。
滑落注意
途中、崖のような登りが行く手を遮るが、これを登らなければ登頂できない。
しかし不安もよぎる。
登ることはできるが、果たして無事に下れるだろうか?
そればかりが脳裏に浮かぶ。

登りはいい。帰りはどうだろうか。登らずに引き返した方が良くないか?

「いや、まだ行ける」

まだ、大丈夫だ。
過信や自惚れかもしれない。
でもボクの能力を越えた壁ではないと思った。下りも、なんとか無事に越えられるだろうという判断でもあった。

3点支持で壁を登る。
登りきったところの木には鎖が繋いであった。
そうか、ここは普段なら鎖場なのか。
鎖場とは急斜面、もしくは壁に設けられた、よじ登るための鎖が垂らしてある場所のこと。ここはそういう場所なのだ。名前を【もちが壁】というらしい。

登りきり、少し歩いたところに人工物が落ちていた。
アイゼンだ。
12本爪で、まだまだ新しい感じのするアイゼンだった。
確かに、失くしたで済ませるには高価そうだ。
登山口で知った探し物はこれに違いないだろうと思われた。

稜線を歩く。
高度が上がる
天気は回復に向かっていたが、晴天とはいかなそうだった。
曇天がところどころ切れる程度の天候。
それでも雨や雪よりはいい。
ホワイトアウトなんか洒落にならない。
切り立った稜線
気温は10度。高度の割に暖かいと言っていい。
風はなかった。これが一番嬉しい。寒さも厳しくないし、バランスも崩さない。
今回の登山がうまくいけば、まず最初の理由として風がなかったと言うだろう。

頂上に向かうほど切り立っていく稜線。
歩ける場所は少なくなっていく。
足元が土くれならこれほど緊張はしないだろう。雪だから怖い。滑って落ちればどうなるか。

シャクナゲ平から1時間して、休憩をとった。
まだ登るのか
持ち歩いていたアイゼンをしまうため、そしてチェーンスパイクを履くために休憩をした。

多分、このまま登山靴だけで登れるだろう。
しかし、チェーンスパイクの性能も見ておきたかったのだ。

休憩を明け、頂上を目指す。

足元の滑りは少ない。
確かに、履いただけの制動操作はできそうだ。

しかし、足りない。

ここまでの雪、ここまでの量。
まるで歯が立ってない感は否めない。
歯が足りない。数ではなく、長さが足りない。
1センチではなく、3~5センチの歯が欲しいと感じた。

そう、普通のアイゼンが欲しい。

結局、急斜面ではキックを繰り返す他なく、サクサク進むというわけにはいかなかった。
チェーンスパイクは、氷の上が最強かもしれない。しかもガチガチの氷だ。
長い歯が刺さらないような場所では効果がテキメンだろうが、雪となると刺さる深さが足りなくて心許ない。今回のチョイスは失敗だった。持ってくるなら軽アイゼンが良いだろう。いや、ここまで雪があるなら12本歯の本格的なアイゼンを用意しても良いかもしれない。
初めて12本歯のアイゼンが欲しくなった。

いつまで登るのか?
いつまで続くのか?

そんなことを考え始めたとき、小屋のようなものが見え始めた。
小屋? いや、お社だ。
ということは頂上か?

お社が近づく。
ここから見える丘以外には高いものが見えなくなる。
とうとう登りが終わったのだ。

ボクは荒島岳の頂上に辿りついたのだ。
頂上の碑

荒島岳②

始発は5時半だった。
だから4時半に起床して、身支度を整えた。
かといって特に急ぐわけでもない。すでに何をするべきかは決めていたから。

衣食住が詰まったザックを背負う。…重い。
どれくらい重いのだろうと思って体重計を出して乗ってみる。
20kgを越えていた。

あれ?
おかしいな?

予定では15kg程度だと思っていた。
2泊3日の予定で、水もまだ積んでないのだ。それほど重くて良いものか?

腕時計に目をやると、すでに5時を回っている。

何が重いのか? 何が余計に積まれているのか? 余計だとすれば道具のチョイスをどうしてミスしたのか?
気になることがたくさん出てきたが、もう時間がない。ボクは部屋をあとにした。

駅までの道中、20kgという重さについて考えていた。
背負った荷物は、選択に選択を重ねたものだ。絶対に重い訳がないし、絶対に余計なものが入っているはずがなかった。
しかし20kgだ。
再度書くが水は積んでいない。

持ち物の全てを単品で測定したことはない。
だから、もしかするとこれくらいなのかもしれない。
ボクの印象と5kgほど違うのだが、実はそういうものなのかもしれない。
だが、やはり納得いかない。

背負う荷物は軽い方がいい。あたりまえだ。
でも、道具が足りないのは命に関わる。知恵でカバーすることもできるが、ある程度の快適性を無視すると旅が続けられないほど疲労してしまう。

日頃から思うのは“背負う荷物の重さは回避できるリスクの量に直結している”ということ。
たくさんのモノを持てば、たくさんのリスクを簡単に回避できる。

しかし、重すぎるというのはメリットに成り得ない。
荷物が重いというのは、全行程に制約を設けるということだ。
重過ぎる荷物で行動力を失えば、その分移動距離が減る。運動能力も減ることから急なアクティビティもペナルティが付く。
それはもしかすると命に関わることかもしれない。

20kgという重さが普通なのか、それとも異常なのか判断つきかねていた。

とりあえず今回はこれで行くしかない。
すでに熟考の時間は過ぎているのだ。あとは理解するか反省するか、それしかない。

青春18切符を手に、関東では珍しいだろう無人駅からJR線に乗る。
18切符はスタンプを押されることで本日の乗り降り自由が発生するのだが、押してくれる人はいない。情報によれば、電車の車掌か、有人駅で頼めば押してくれるらしい。
だとすれば、車掌の乗車券提示要求か、途中下車したくなったときに押してもらえばよい。

ボクは緊張するでもなく、電車を乗り継ぎ、過ぎゆく景色を眺めていく。

沼津までは人が多かった。
通勤通学もあるのだろうが、ボクの大きな荷物がうっとうしいくらいな乗車率だ。
しかし東京に向かうよりは10倍マシで、立って本を読むくらいはできた。

浜松くらいで乗車率はかなり減ったが座れるほどではなかった。

豊橋でようやくガラガラになった。豊橋始発ということもあるんだろう。
2名シートに腰かけたら、いきなり眠くなった。
さっきまで小説を読んで、意識レベルは高かったのに意外だ。

少し進むと乗車率が上がってくる。
ボクの隣に置いたザックが邪魔で座れない人もいそうだ。
20kgのザックを網棚に上げた。

隣の人が何回か変わって、終点・大垣駅に到着した。
ボクの旅は始発‐終点の電車旅。東海道線だけしか乗ってないとはいえ、一台の電車で全行程を走ってくれはしない。地域ごとに乗り換えを余儀なくされ、乗車数が多いようなら立って乗り、空席が目立つようなら座ろうと最初から決めていた。

大垣駅では、電車待ちが20分以上発生した。
電車待ちで退屈だったので、駅を出ることにする。
ここで18切符に今日の日付でスタンプを押してもらう。

大垣という町がどんな町なのか、何があるのかなんて全く知らない。
そもそも、大垣という地名だってさっき知ったくらいなのだ。日本は広い。

見るもの全てが初めて見るもの。もちろん新鮮な気分だ。
しかし、ぼんやりしてもいられない。20分しか時間はない。効率良くいきたい。

ボクは旅に出るとチラシをもらうことが多い。
情報を得るというのが目的だが、記念に持ち帰るという目的もある。
チラシひとつでもあれば、思い出せることが少しは多くなるというものだ。

ちらりと見たポスターに『淡墨桜(うすずみざくら)』という桜の写真が載っていた。
見事、とても見事な枝垂れ桜だった。
桜好きなボクは、ぜひ見てみたいと思ったが、今回の旅で行けるかどうかは計りかねたので観光協会に足を運んだ。

観光協会のおばさんによれば、淡墨桜の時期はまだ早いらしかった。とはいえ、今年は気温が安定しないからいつ咲くかわからないとも言う。開花はしたが、まだまだ見頃とは言えないようだった。
見に行くなら、と、現地の温泉も紹介していただき、さらには電車と温泉がパックになった料金設定もあるらしく、これも教えていただいた。これは窓口でしか買えないからと、注意を促された。

時間がないので、すぐにお暇したが、観光協会で話を聞くのも旅の効率を上げるな、と感心してホームへ向かう。

再び電車に乗り、米原まで到着すると、ここからは電車待ちが多いゾーンになっていく。

北上する客が少ないせいだろうが、電車の本数が激減しているのだ。
都度、駅を出て町を眺めたり写真を撮ったり、チラシをもらいながらボクは電車を乗り継いでいった。

近江牛弁当 米原にて
写真は米原駅で購入した近江牛駅弁。
ステーキ丼と牛丼がセットになっているお得版で1300円。
米原駅はエスカレータが非常に遅くてイライラした。
それくらいでイラつくなんて人間として小さい証拠だ、と戒めながら敢えてエスカレータに乗る。


長浜城
写真は長浜城。
長浜と言えば【長浜ラーメン】と思ったが存在しなかった。
あの長浜は、博多が本場だとあとから知った。
なんで博多ラーメンじゃだめなんだか?

虎姫駅から見える看板
写真は虎姫駅から撮った看板。
虎姫の名前通りの地域らしい(笑。

敦賀 松本零士
写真は敦賀駅を下車して撮った銀河鉄道999の車掌さん(笑。
松本零士さんとなんらかの関係があるらしい。出身地かな?
この他にもたくさんの原作キャラクター像があった。
ヤマトの古代とか、メーテル・鉄郎とか、ハーロック…はあったかな?

勝原駅
写真は勝原駅。
手前の小屋が駅で、無人。
奥の立派な建物は公民館。地域の待避所でもあるらしい。
逆じゃないんだ… と、すかさず思った。

勝原遊園  勝原遊園 水は飲めないらしい
写真は勝原遊園キャンプ場。
広いし、地面も均してあるし、トイレもあるし、良いキャンプ場。
川も近くて大きなせせらぎの音が雰囲気を出す。
ただ、木々の形が少し怖い。


18時過ぎにようやくテン泊地・勝原駅に到着。
降りたのはボクだけ。ふと「そんな辺ぴな場所なのか?」と毒づいてしまう。

無人駅なので、誰に許可をいただけるわけでもない。
水道水をいただいて、トイレを済ませたら急いで勝原遊園へ向かう。
空は薄暗闇に覆われ始めている。暗くなると作業効率が激減してしまう。急いだ方が良い。

本日は一日じゅう曇天だった。
敦賀ではとうとう雨が降ったからビニール傘を酒と共に購入していた。
ここでも雨が降りそうだ。
勝原遊園に到着するなり、全体を見渡し、テントサイトの場所を確認してテントを張る。
雨足が強くなってきた。これは濡れるかもしれない。

最速でテントを張ると、荷物と共にテント内へ飛び込んだ。
するとたいしてしないうちに大雨へと変わっていった。
あやうく濡れるところだった。ボクは運がいい。

貧弱カツカレー
写真は夕食・カツカレー。
パックご飯を湯煎で温めたものと、湯を入れるだけのカレーにハムカツを切ったものを合わせる。カロリーも高いし、ボリュームも出る。しっかり腹は膨れた。調味料として持ってきたデスソースを加えてよりホット!


夕食を終え、持ってきたキムチをつまみに酒を飲む。

明日のことを考えていた。

このまま雨だったらどうするか?

多分、行くだけ行こうといいう判断をするだろう。ダメなら帰ることにして。

荷物はどうするか?

最初は20kgを背負っていこうと考えていたが、雨が降り続くならテントをそのままにして軽装で行った方が良いと思った。20kgを背負ってのトレーニングより、登山の成功率を上げることの方が重要そうだ。
電車から見たあの雪山が、もしも明日登る荒島岳であったなら、雪が少し深すぎるように感じた。だとすれば、重量物はかなりのリスクだ。やはり荷物は少なくして登った方が良さそうだった。

テン場に到着したのが遅かったということもある。
不自由なテントで食事から明日の準備までしたこともあり、落ち着いたのは21時前だった。
そこから酒をチビチビやりながら、日記をつけたり思いを馳せたりして就寝は22時になった。

今日は始発から行動を開始しているし、睡眠時間は3時間ほどだった。
慣れない場所ではあるものの、ボクは睡眠欲の赴くまま、眠りについた。

荒島岳①

切っ掛けはいろいろあった。

今日は3月26日。
来月は職業訓練校に通うことになっており、入学してしまうと自由が利かない。

京都へ花見に行きたいが、ボクが見たいのは“散りぎわ”であり、ハラハラと降る花弁の桜並木を歩くことが,前々からの願望だ。
しかし、今はつぼみか開花したくらいなものなので、少しだけ時期が悪い。

青春18切符を京都への花見旅行のために購入したが、京都旅行だけでは2回分しか使えないので、3回分残ってしまう。
残しておいても4月10日までしか使えないので、もったいない。
是非ともあと3回分の使い道を考えなければならなかった。

切っ掛けは他にもある。

つい先日、小笠原旅行で出会った人たちからもらった、それぞれの“思い”を、ボクも体験を通じて分かち合いたかった。

旅とはなんなのか? 人とはなんなのか? 体験とは? 成長とは?

いろんな課題を小笠原でもらい、その答えを探してみたかった。


切っ掛けはたくさんあったのだが、場所はどこでもよかった。
だから場所を決めることから始めることにしたのだ。


日本百名山を目指し始めたのは、仕事を辞める前だった。
登山=冒険旅行という印象がボクにはあった。

衣食住の全てを背負い、ほとんど誰の力も借りることができない、自己責任の世界。
気候、動物、植物、環境など、自分では測り知ることができないアクシデントだって起こりうる、計算できない旅行。
目的地を定め、自力で進んでいく過酷な労働。

歩き方も、持っていく道具も、その使い方すら状況により判断していくことになる。
うまく行動できれば予定通りに事は進む。しかし、アクシデントがあれば知恵を絞って進まなければならない。引き返すというのだって時には賢明な判断だ。

過酷なソロ登山は、現代でできる小さな冒険だと思っている。
昔から、そんな冒険が好きだった。

みんながやっている旅行は意外に苦手である。

少し苦労するくらいじゃないと満足感が得られないのだ。
満足感という調味料がないと、美しいと言われているモノでも“ただのモノ”としてしか見られない。
完全に病気。マゾの気なのだろうと半ば諦めている。


小笠原では“みんながやっている旅行”を滞在8日間中5日間やっていた。
だが、それも楽しかったと今は思う。

小笠原ではガイドを雇わないと入れない場所がたくさんある。
海に出るために船を借りるにも、ガイドを雇った方が手っ取り早い。
必然、ツアーという形にせざるを得ない。

提供されるネイチャーツアーは、ガイドとのやり取りからいろんな知識を仕入れることができ、それはそれでとても有意義な時間であった。
ガイドを雇うとか、パック旅行に応募するとか、そういうのも毛嫌いするほどのものではない。
むしろ、状況によってはそちらの選択をした方が良いということもわかった。

しかし、自分らしい旅行というのはソレではない。
完全に理解した。ボクがやりたいのはチャレンジが伴う冒険旅行だ。

無理めな目標。
わかりやすい内容。
基本的に自力。

これが重要だ。

人によっては『何をバカなことをやっているんだ』と思われることだろう。
でも、そんな“多くの人がやらないだろう”という経験がしてみたいと思う。“多くの人が知らない世界”を見てみたいのだ。

だから、そういう世界を知っている人に出会うと嬉しい。
そんなバカなことを本気でやって、自慢するのがとても楽しいのだ。

少し話が外れたか。

だから、無理めな目標として山を選んだ。

今の時期、山は雪で覆われている。雪山は危険だ。リスクが高い。
自分のレベルを鑑みれば、雪がなさそうな場所がいい。標高2000mを超える場所は経験も知識もなさすぎる。ソロで行くには無謀以外の何者でもないだろう。
北もダメだ。たいして高くない山でも残雪が厳しいだろう。
だからそれ以下で計画を練った。

18切符を使うから移動は電車がいい。
乗り降り自由で丸一日使えるのだから、遠くがいい。

西へ、普通電車一日で。
百名山2000m以下の山で、できれば雪が溶けていそうなところがいい。

すると、紀伊半島にある【大台ケ原山】と【大峰山】が目に入った。
紀伊半島と言えば【熊野古道】もある。
それぞれの秘境に興味を覚えた。ここがいいかもしれない。

ところが調べていくうちに、公共交通機関の脆弱性が気になりだした。

山開きをしていないので、麓までのバスがない。
バスがないだけならタクシーという手もあるが、道路も冬季の閉鎖がされているという。
日程は3日しか空けられない。2泊3日の予定しか組めない。
どうせ紀伊半島に行くなら熊野古道と合わせて2つの山を登りたい。
結果、ちょっと無理だな、と思った。

そんなこんなで紀伊半島に思いを馳せていると時間が21時を越えていた。
出発は明日だというのに、まだ行き先が決まらない。
焦った。

公共交通機関を中心に考え始めた。

行けそうなのは【伊吹山】と【荒島岳】の2つ。
意外に近いので2つとも登れそうだと考えたが、やはり時間的な余裕を考えるとひとつに絞った方がよさそうだ。

調べると、伊吹山は観光地化した山らしかった。
軽トレッキング靴にデイバックというのが普通で、もしかすると普段着で歩いても違和感がない山のようだ。そんなところにテントを背負ったバリバリヤル気の山男が行くのもどうかと思う。
却下。却下だった。

では荒島岳だ。
標高は1500mとたいしたことはないが、情報によれば4月まで雪に覆われているという。
土地の関係なのだろう、標高と雪の残り具合がボクのなかの基準とは合わない。
しかし、ブナの木林や登り甲斐のあるプロフィールを読んでいくうちに、ここでいいのではないかと思えるようになってきた。

もしかすると例年より雪が少ないかもしれないとも思えたし、ボクなら大丈夫ではないかという過信もあった。何より標高が低かった。標高が低いということは歩く時間も短くて済むということだ。それはリスクに対してペイできる余裕があるということでもある。それにこの標高では真夏に行くような山ではない。

場所は決まった。荒島岳だ。
次に泊るところと行き方を調べた。

泊るところは、良いキャンプ場があるらしかった。
登山口から1kmほどのところに【勝原遊園】という無人管理で無料のキャンプ場があった。
これはいい。ものすごいプラス要素だ。
運命を感じた。

行き方は電車に決まっていたが、時間は始発を使っても18時に勝原駅に到着となっていた。
大変だが、無理ではないと思う。

初日、始発で出発。
駅弁や電車待ちの途中下車で食事を摂りつつ最速で勝原駅を目指す。
駅に到着するのは日暮れだから、できれば明るいうちにテントを張って翌日の準備をする。

2日目、荒島岳へアタック。

3日目、勝原駅を始発で出発し、途中で温泉か、桜がきれいな場所で休みつつ帰る。

そんなざっくりとした計画ができあがってきた。

時間は0時を越えた。
だが荷物の準備はすでにできている。

計画ができて安心したのだろう。心が落ち着いてきた。
ボクはゆったりと、今回の旅に思いを馳せながら酒を飲むことにした。