アンサンブル

言わずもがな、ボクはバイオリンのレッスンを受け続けている。
そして、昨日はその成果をもって場外試合に臨んできた。

100人によるアンサンブルセミナーである。

東京は泉岳寺。
赤穂浪士、四十七士の墓所があるのが泉岳寺だ。
地名としてはこれでいいのかわからん。
とにかく、駅名は泉岳寺。

そこの某音楽店のホールでセミナーは行われた。

課題曲は『カノン』と『エルチョクロ』。
カノンは誰もが知るところだろう。
でも『エルチョクロとはなんぞや?』となるのではないか。

アルゼンチンの舞踊曲(タンゴ)ということで、確かにノリが良く、カッコいい曲である。
ボクが好むタイプの曲だ。

こちらも前々から書いているが、ボクはクラシックより民謡や舞踊、大衆音楽としてのバイオリンが好きなのだ。
欧州などの旅番組で見かけることも多かろう、下町でバンドを組んで酒場で演奏するような、そんなところが目標なのだ。
雑然として、粘っこくて、余韻なんて残さないような… それでいてみんなで楽しめるような曲が好きだ。

話がそれた。
だから、エルチョクロは好きなのだ。

今回は100人のバイオリン隊が即席で結成され、全体的な指揮、指導を先生にしていただき、全員の完成度を高めていく。
個人指導はない。 …が、全体の調和を乱してはいけないという自己圧力ゆえ、緊張は走るわけだ。

カノンは輪唱。
3つのパートにわかれて同じ譜面で追いかけっこをしていく。
輪唱系の王道を行く曲であり、曲の重なりで美しさを上げていく感じだ。

コツは、自己を保つこと。誰かにつられてはいけない。
そして、周りを聞くこと。独りよがりの演奏もいけない。

この2つを同時にすることの難しいこと。
ボクは譜面を何度迷子になったかしれない。
その都度、演奏しているフリをするのも大変だった。

エルチョクロは重奏。
こちらも3つのパートに別れ、A・主旋律、B・副旋律、C・バックヤード 的な位置を取る。
主旋律はメインパートであり、少しだがポジション移動もある。難しいほどではないが、“主”なのでわかりやすい。
副旋律はポジション移動のないメインの下を行く旋律。難しさはAと同じくらい。
バックヤードとは、ボクが付けた言葉だが、基本的には旋律を弾くことが難しいレベルの人が選ぶポジションで、ドラムやベース的な音を出していた。簡単でやりがいはあまりないが、音楽的には意外においしいポジションだったと思う。

ボクは副旋律をチョイス。
一番人気のないコース(笑)。

人生と一緒で、ボクは惹き立て役が一番しっくりくる。
ただ、人数が少ないのは結構プレッシャーだったな。
一応、強めに弾いといた。
1フレーズだけ、自分の書いた手番号違いがあって、独りで浮いた場所があったが、うまくごまかせただろうか?
こういうとき、知らない曲を独りでシコシコ練習しているために出る死角が浮き彫りになる。
「ソコ違うよ」と言ってくれる人がいないから。

3ヶ月やってきたことが、いきなり間違えということになると焦るものだ。
緊急修正でまぁ、ごまかした(笑)。


100人の演奏。
その中の一人として参加できたのは楽しく、勉強になった。
できれば演奏の音を聞いてみたいと思うが、プレイヤーの自分にはムリなことだ。
録音して、CDでもくれたらいいのにとは思うが。

これで難しい曲の練習も、一応の終わり。
曲の追及はこの先やっていくだろうが、衆人の前で演奏する機会は今のところない。

これからはレッスンを受けてる教室の発表会に向けての練習がメインになる。
こちらは4人の曲と2人の曲だから、簡単な曲でも手は抜けない。
譜面で迷子になるなんてできないのだ。

よーし、今日は休んで、明日からがんばるぞ。
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二流小説家

二流小説家

主演・上川隆也のミステリー映画。


-売れない小説家の主人公(赤羽)は、官能小説を書いて生計を立ててくらしていた。
そんな折、かつて世界を震撼させた連続殺人犯で、死刑囚の呉井から手紙が送られてくる。
手紙には、誰にも語られたことのない、連続殺人の真相を小説に書いてほしいという内容が書かれている。

首切り連続殺人犯の謎に迫る小説が書ければ、憧れの一流小説家入りも夢じゃない。
赤羽は呉井の話を聞くため、面会を求める。-



導入はこんな感じ。
元は外国ミステリー小説らしく、原作者は外人だったなぁ。

脚本のせいかもしれないけど、各所のトリックやオチは早めにわかってしまった。
最後の最後にあるどんでん返しも、『…はぁ、そうですか』という感じで、面白くはない。

じゃあ、つまらなかったかというと、いやいや、そういうものでもない。

煮え切らずに二流に甘んじつつ、小説家以外の道を進めない主人公の心情とか、
大胆な殺人を犯し拘留されて、赤羽に色々な条件を突き付けたり、独自の論理で人を説く、人を食う性格の呉井とのやりとりが… 心理戦が面白い。

呉井が獄中にいながらにして赤羽を苦しめる。
苦しい経験を積みながら、赤羽は小説家として、人間として成長していく。


不可解な事件を解決していくミステリーなんだけど、そこはあまりお勧めではない。
でも、この二人の舌戦と主人公の心理は観るに値すると思う。

地味に面白かったです。

攻殻機動隊 -ARISE-

攻殻機動隊arise

いまでしょ?

早く見ないと終わっちゃうでしょ?
だったら見ないと!

というわけで、攻殻機動隊結成前の話として『ARISE』を観てきましたわー。

近未来SFの金字塔というべき作品の新作。
でも、長編アニメ映画…という感じではない。

かなり前にはまったいた『空の境界』のように、1時間くらいの作品を何話かに分けて上映する感じみたい。
だから、特別料金で、1200円。
ま、妥当な線かと思う。

通常、2時間で1700円払って観るものだから、2時間の1/2で、1700円の半分の800~900でしょ?
という人もいるかと思うが、こういうものは短いほど割高になるものだろう。
1時間で1700円出せと言われたらイヤな感じはするが、500円を引いてくれるのだから、さすがにアコギではないわな。

ま、ショート作品の賛否は置いておいて。

攻殻機動隊自体が超久しぶりで、もう、本当に『待望』の新作である。
そういう意味で、ボクはおおいに期待を寄せているし、待ち望んでいた。
大喜びで映画館に足を運んだわけだ。

今回は主人公・草薙素子が軍から身を退いて自立するところまでを描いたようだ。

時代背景は相変わらず。
人を全身機械化(義体という)をすることが可能な近未来。
義体には人体の代替の意味もあるだろうが、『進化』という側面もある。
全身を義体化すれば、人の思考と機械の力が手に入る。

草薙素子は生まれたときから全身義体のサイボーグ。
脳だけが人間である彼女は、ある意味、時代の最先端を走る存在なのかもしれない。

ネット環境も整備され尽くした世界だけに、『電脳戦』という相手の義体感覚を妨害・乗っ取りする戦法もあり、素子はその戦闘のプロフェッショナルでもあった。

あんまり書くのもあれなんで、
とにかく、本編である公安9課発足の前の話を細やかにやっていく予感。

素子はどうして軍を辞めたのか。
仲間はどうやって選び、集めたのか。
そして… これはあるかな? 9課の信頼関係はどうやって構築されたのか?

そんなことが作品化されていくのだと予想する。


今回、支援型マシン―――タチコマならぬ、『ロジコマ』が登場している。
相変わらず、マシンがかわいいぜ、こんちくしょー!!

調子いいですよ? 勉強は

自宅で勉強するときは、音を消すようにした。

あたりまえでしょ?
という方もおられるだろうが、最近までネットラジオを聴きながらやっていたのだよ。
いつの間にか終了して静かになるんだけど、とりあえず『ながら勉強』はしていたわけ。

でもねー、なんかねー、そうすると理解力にノイズが入る気がしてはいたんだよねー。
勉強の理解がしづらい。そしてラジオの内容も入ってこない。
結局、かなりの時間を無駄にしている感はあったわけだ。

でも、楽しく勉強したいじゃん?
『ながら勉強』したいじゃん。

でもそれをやめてみた。

この静かさ。
集中できるわー。

寂しい気がするのは仕方ないかな。
理解力高まる方が重要だよね。
そうして、早めに勉強を切り上げて、じっくりラジオを聞く方が、結局効率が良いんだろうなぁ。

資格試験が10月にあるのだが、試験勉強は170項目あるっぽい。(参考書より)
その中から50問が出るわけだが、いっそのこと全部理解しちゃえ、とか思っとる。

逆算して、試験前に余裕が残るスケジュールをたてると、かなりタイトに170項目をこなさなければならない。

すでに40項目を半理解したものの、まだまだ4分の1。
がんばらねばなるまい。


職業訓練校において、ボクのカリキュラムが来月から電気を外れる。
機械工作に入っていくわけだが、それだけに試験勉強が難しくなっていくだろうと予想される。

訓練校で資格試験の自習は難しいだろう。
だからスタートダッシュをキメてるわけだが、ちょっち不安だ。


それはそうと…
明日は電気三ヶ月分の卒験だ。

三ヶ月分、本気で勉強・技能習得してきた分をぶつけてやるぜ。

毎度! 週末グダグダ!!

金曜日。
ビックサイトで、ものづくりの祭典『機械要素技術展』に職業訓練校の社会見学として参加。
10時に現地集合で、14時半現地解散という大雑把な内容だったが、まぁ楽しかった。

もともと機械好きで、産業用機械なら意外と熱中できる性質だ。
4時間半、みっちり歩き通しで、気になるところはセールスマンとお話しながら精力的に見て回った。

結局、全部は見きれず。
9割までがんばったが時間切れで終了した。
でも疲れ果てたし、充実した社会見学だった。

さて、
しかし、見た感想と言えば、軽く絶望を感じたと言わざるを得ない。

今回の〝売り”はなんと言っても『3Dプリンター』だろう。
事前の情報(うろ覚え)では、技術的特許が切れ、爆発的に各企業が開発に乗り出した分野のはず。
その、ものづくりとしての万能性から各分野から注目される機械のはずだ。

かくして、その通りだった。
他のブースと一線を画す人口密度で3Dプリンターエリアがそこにあった。

積極的にたくさんの企業から売りに出されており、しかも、ニーズや興味をもった経営者も多いようで、本当に人が多い。

その技術をボクも見せてもらったが、いやはや、予想通り凄いものだった。

(これは、人の手を使うものづくりというのは機械に乗っ取られるな)

というのが率直な感想だ。

もちろん、機械では表現できない人の技術の精度、というのもはある。
それはもちろんあるのだ。
だが、3Dプリンターが出現した今、その機械を越える使い手というのは芸術家レベルの熟練者に限られてくるだろう。
今はまだ、職人レベルの人や、それ以下の作業者でもコストを抑えれば(要するに給料を下げれば)太刀打ちできるだろうが、3Dプリンターの普及や進化が進むうち、自然淘汰されるだろう。 淘汰されなければ、作業者はかなり深刻な状況に追い込まれるかもしれない。
それは遠い将来ではない。ボクはそう思った。

そんなボクは、これから学校で機械工作を学ぶ。
実に虚しい気持ちになるわけだ。

ボクがこれから学んでも、3Dプリンターの波には勝てない。
まぁ、工作職人になろうとしているわけじゃないので、そこは勝てなくてもいいのだが、ボクではない、工作職人になろうとしている他の人がいるなら、これはかなり厳しい道だと思う。

ボクの予想する3Dプリンターの未来像に打ち勝つには、職人になり、仕事して、才能あって10年くらいの熟練度が必要ではないかと思う。

ボクらはもう40歳近くだ。
10年修行して、50でようやく凄い人になれても(それはそれで凄いことだが)そこから名前を売って収入を得て生活するというのは現実的ではない。

もう、その道に進むためには、若いころから情熱を持って職人人生を送らないと難しいのかもしれない。
とはいえ、かなり貧乏を味あわなければならない道だと思うが。


ま、とにかく、機械の進化がすごいな、と思ったわけです。


ボクはといえば、機械工作は自分が考えた試作品を自分で加工できる技術が欲しいだけなので、問題なし。
ワンオフ物を自分で作り、成果が良ければ業者に正規品を発注すればいいと思っている。
ボク自身、すごい精度で物が作れる必要はないのだ。

まぁ、大変な人が増えるわなぁ…と思ったわけです。


台場ガンダム再び
帰りにガンダム見てきやした。

台場から始まり、静岡、再び台場、と、移設されるたび参拝に行っております。

ガンダム大明神。
なむなむ~♪

グランドマスター

グランドマスター

き、き、キターッ!!
つまんねー映画キターッ!!!!

久々のマイナスヒット!!

内容は、『伝記かっ!!』
感想は、『知らんわっ!!』
雰囲気は、『眠たい…』

なんかねー、ブルース・リーの師匠がイップ・マンという人らしくて、その人のことを映画化したらしいんだけど、欧州映画よろしく、音楽ばっかり。そして、映像はだいたいゆっくり。
話している内容も芸術映画よろしく、抽象的でよくわからないし、わからなくてもいいかなーって気になる。

もう中国系の映画みないかもなー。
三国志系の映画も面白くなかったしなー。映像美だけしか売りがないなら他の映画の方が面白いし。

ジャッキーの方が映画作りうまいんじゃない?


しかしさー、中国系の伝説も映画もドラマも… 一対多数の超人系のキャラ多いよね。
三国志しかり、グランドマスターしかり。過去の作品も、こと戦闘になると本当に主要キャラは強い。

雑兵にも命があり、魂があるんだよ~?
もう少し、他人に対してもリスペクトしようぜー。

ウクレレ?

去年くらいから、バイオリンをギターのように弾くことが多い。
音の確認のつもりで弾いているのだが、うまく弾けるようになると、これが意外におもしろい。

バイオリンと違ってしゃべりながらでも弾けるのが、またよろしい。

旋律を奏でるバイオリン。
伴奏(もちろん旋律もできる)ギター系弦楽器。

そういうの、よろしい。


こないだ小笠原に行ったとき、ウクレレで宴会を盛り上げてもらった経験がある。
そのときの音は、なかなかによろしいものだった。

大きな楽器は置き場所がなくて欲しくもないが、ウクレレはよいのではないか?
と思ったのは言うまでもないか。

つーことで、3月くらいからウクレレに興味深々なわけだが、なかなか手を出す切っ掛けはない。

そりゃそうだ、バイオリンもままならないのに、ウクレレってな。
でも、それでも弾きたいんだなぁ。

ウクレレを弾き語ってみたいぜ。

うちの裏にあるリサイクル店にウクレレがあったんだよねぇ。
買うや? 買わざるや?

物忘れ?

最近… 何か忘れているような気がする。

そう言えば吞み会のセッティングをしなきゃならなかったか?
バイオリンの合わせをセッティングしようと思ったっけか?
誰かに会おうとしてなかったか?


……
何かに興味を持たなかったっけ?
何か取り組んでなかったっけ?
何か始めようとしてなかったっけ?


……
あ、山へ行くの忘れていた。
計画立てるのも忘れていた。


あっれー?

ちょっと整理しなきゃダメだなー。
勉強に燃えてかなり周りが見えてないわなぁ。

孤独というもの

主観なんだろうけどね。
学校通い始めてからこちら、あまり人と接してない気がする。
いや違うか。
こちらが安定してしまったせいか、元に戻ったと言う感じなのか?

仕事やっているときの休みは尊くて、
それでも酒を呑もうという誘いも少なくなかったが、独りでいる時間は貴重だった。

仕事をやめて、人との付き合いを見なおそうと思って、いろいろやった。
新しい人との出会いも多かったが、若いころと同じで一期一会であろう。
それでも出会いは素晴らしく、昔よりは大事にしてやってきたつもりだ。
それにより得たものも多い。

新しい環境。学校。

通って、講師の話を聞く日々。

得るのも自分次第。過ごすのも自分次第。

ボクの人柄もあるのだろう。
そう思えば、その昔、小中高学生でもそうだったろう。
先生が発言して、それを質問するような生徒ではなかった。

思えばいたと思う。
先生が発言したとたんにツッコミよろしく、場を盛り上げるような生徒が。

思えばいたと思う。
お前の質問が何言ってるかわかんねぇよ、的な生徒が。

今はそんな生徒はいない。

盛り上がりがない。

盛り上がらないから、なんかボクがしなきゃだめかな? と思う。
そんな必要ないのに。

中途半端な盛り上がりとか、中途半端なツッコミとか。
やっているが、意味が不明だと思い始めている。

そんなことをしてもしょうがない。
そんなこと無意味だ。
やったらはずかしいだけじゃん?


わかるけど。

そういうのが刺激になる行動なんじゃん?

静かで受け身で、マグロな生徒たち。

そんなのが全員なんて、教員はどこに毎日の生き甲斐そ設ければいいの?

たったひとり、よくわからない生徒。
そこから生まれる集団的強調もあるだろう。
教師はそこに見出すものがあるかもしれない、生徒もしかりだ。

ここで思うのは、ボクも含めて大人はガードが堅い。
それだけだ。

もっと奔放になればいいのに。

しかし、思い返せば、
結局は明るく過ごせなかったものとか、空気も読めない質問をできなかったものが、今ここにいるのかもしれない。

そう考えると、幼少のころから、社会性の適合、不適合がわかっていたということになる。
職業訓練校か。



ま、いいや。


社会に適合とか不適合とか関係ないわ。
そこじゃない。
個人的に幸せになれるかなれないか、だわな。

最近、ボクは孤独に週末を過ごしているが、今思う。

だからこそ、お前の自由な時間が持てるのではないか?と。


これから過ごす数カ月。
孤独でもいい。

最高に、最高な時間を過ごしたい。

と、そう思った今日でした。

酒、呑んでます(笑。

謎がひとつ解けた

先日、先生の話が重いと書いたが、理由らしきものがわかった。

あの先生、不定期だが、寺へ赴き、修行をしているらしい。
それは立派な袈裟を着て、立派な寺の住職とのツーショットを見せてもらった。

(ああ、なるほど)

腑に落ちた。

人の心の深淵に至ろうとする行動と技術は、そこが起源か。
どうりで、ボクの心理が拒否感を現わすはずだ。


<恐怖とは、そのものが理解できた瞬間、恐怖ではなくなる>


先生の意味不明な親切の正体見たり、だ。
それがわかった瞬間に、先生の不気味さは消えた。
(不気味に思っていたのはボクだけかもしれないが)

そういうことなら、そういう付き合い方があるというもの。
もうそれほど期間はないが、楽しくやっていけそうだ。

真面目に話す人ほど、気味が悪い。
だけど、理由がわかり、その人がわかれば気味の悪さも許容の範囲に収めることができる。
もしかすると、適当なことしか言ってない人よりもわかり合えるかもしれない。
気味が悪いほど親身なだけに。

良い人ですよ。先生。

心が重い

昨日、今日と先生の攻撃が重たい。

こちとら失業者で中年ですが、あなたが言うほど楽天的ではない。

焦らなきゃダメだという。
年齢を考えろという。
君のは何が望みなのだと訊ねられる。
君は何がしたいのだと訊ねられる。

先生はボクらのために実に親身になっているのだろうが、神様仏様の話まで出されるとは、心重いわ。
神仏関係は拒否感あるからなおさらだね。逆に何もしたくなくなってきた。

先生が必死になればなるほど、こちらは気持ちが重くなる。
まるで何も考えずに、将来も考えずに、ただ失敗を繰り返している人みたいな気持ちになってくる。
『だから君らはここにいるんだよ?』などと言われているようだ。

だから最近、心が重い。

満足いく授業を受けられたり、長年の謎が解明できそうなヒントをもらったり、勉強していたことがスッと理解できたりしたとき、この上ない自信と快さがその後の時間をとても有意義なものにしてくれるというのに、最近はそれが少ない。

1年科目でまだ3ヶ月。
確かに、あなたから見たらボクらはまだまだヒヨッ子で、あなたの経験からボクらに伝えたいこともあるでしょう。

わかりやす、わかりやす。
わかりやすよ?

だからってボクら凹ませてどうすんねん。
凹むボクも悪いし、発言少ない我らのグループも悪いが、ディスカッションしたいならもう少しやり方があるんじゃない?

そんなこと思っているボクは甘えん坊さんですかねー。

ボクは焦りませんよ。
1年勉強する気で来てるし、この後の選択も自分で決めます。
先生の話を聞いて吟味しますが、鵜呑みにはしません。
手遅れにならないように、とおっしゃいますが、例え手遅れになったとしても、そんなもん覚悟の上です。


せいぜい、ボクはこの立場はおおいに利用してやるのです。

スマホの調子が

悪いっ!!
スマホの調子が悪い!

画面が消える。
ふた月ほど前からなのだが、ときどきバックライトが消えてしまうのだ。

ONボタンを押し直すと点くのだが、また消えたりと、イライラする状況が時どきあった。

しかし、今日は消えっぱなし。
とうとう来るべきときがきたか… と思ったが、帰宅したら点きやがった。

ただでさえ人気が出ないウインドウズフォン。
どんなサービスも、Iフォンとアンドロイドはサポートしているのに、ウインドウズフォンはたいがいサービスなし。

アプリの公開も少ない。
可能性のないガジェットは潰えるのみか。

実際、これほど差を付けられてしまうと、買い替えを意識してしまう。
壊れるというのは、いい機会と考えることもできるのだが…


とうとうヤベェぜ、となる前に購入を考えた方がいいかも知れんね。

色は気にいってるんだけどなぁ。

深酒しながら

週末だけ深酒をしている。

習慣は怖い。
酒を飲むとスイッチが入ったようにダメな感じになる。

TVを見続ける。
ネットサーフィンをやめない。
無暗に散歩する。
呑み続ける。

そんな状態が無限に続く… いや、続けられてしまう。
本当にダメだな、と思うのだ。



今日は野球の助っ人に行って、前の職場の元同僚と会ってきた。
まだ仕事してないの? と言われるのも慣れた。
ゲームはといえば、一回表に相手の自滅とも取れる、押し出しの連続で6点を取れてしまい、それからはシーソーゲームだったが時すでに遅し。
負けて降格の夢破れ、めでたくBクラス残留となった。

練習してないチームだけど、ピッチャーがメッチャ良いのでCクラスだと結構勝てて楽しいということだ。
Bクラスだと、勝てたりするけどほぼ負けるため、キツイらしい。
まぁ、やはり道楽娯楽スポーツとして参加しているわけだ。

それはさておき。
そんなことで午前中から15時までを使ってしまい、それから今週分の食料の買い出しをする。
その後、明日からの弁当のおかずを作ったりして、18時。

もう疲れちゃってね。
酒を呑み始めるわけですよ。

そうするともうダメ。
何もヤル気しないの。

このまま呑み続けて深夜まで行くのがいつものことだけど、今日はここで踏ん張って、せめて早く寝てしまおうと思う。

グズグズとネットサーフィンしたりしないぞーっ!!

発表会まで、あとふた月

実は、ふた月もない(笑。

今日はバイオリンレッスン日。
そして、教室全体で開かれるロビーコンサートというものに出場するため、バイオリンチームによる合同練習日だ。

ボクは言わずもがな、年長さんで一期生。
一年遅れの二期生チームと合同での5人(?)グループ演奏を一曲する予定。

それで、本番までに2回ほど合同練習をしておきましょ? ということだ。

一期生は2人だけなので、基本的にレッスンは寂しい。
こういうときに大勢で弾けるというのは、本当に気持ちの良い、演奏者冥利に尽きるシュチュエーションなので、ボクは大好きだ。

今回は初回ということもあるし、機会もあまりないので、無様な演奏はできないと思い、今週は毎日1時間の練習を重ねた。相変わらず万全にはならないが、まぁこんなものだろうというところまではもってきていた。

演奏会に出すには不十分だが、ふた月前の荒削り状態だと思えば許せるというレベルだ。

よーし! やったるぞー!!

勇んで練習に臨んだら…

なぜ、モレが抜きんでている?

完全に周りの方が練習不足でした。

ボクも合わせてテクがないのはしょうがない。でも…

音量なし!
勢いなし!
自信がないのが全面に出ている弾き方ってどう?!

か細く、幸薄い弾き方が良い… というのはテクが付いたらキレイだが、テクもないうちに出すとみすぼらしいだけですっ!

ボクが観客でこれをみたら…

『ああ… うん、がんばったよね』

という生温かい眼差しを送るだろう。

でもそうじゃない!
『うわぁ、ひどかったけど、個性的で独創性だけは認めるわー』
という記憶に残る演奏をしたいっ!

まぁ、ボクのエゴだが…
下手でもエンターテインメントはできるはずだ。
ボクらも、観客も楽しませようと思える演奏をしたいよね。

ちょっと思い切って…
気持ち良く弾いてほしいと思うのだ。

楽しくやろうぜ!
今年の演奏は、今しかできないんだぜ?!

CAD

CAD。
キャド。

今日のカリキュラムは2次元CAD。
平面図をPCでキレイに描ける例のソフトだ。

電気とはいえ、いろんな図を書く。
単線図、複線図という概念的な図面。
概念的だとはいえ、配線するにあたって、少しは配置に配慮した図も書かなきゃいけない。

建造物がおおよそわかる図なんかは書けた方が無難。
ということで、仕事として図面を書くこともあるんで、体験しましょ? 的なポジションの単位だ。

4人が授業を受けることになり、少しでも経験がある人は2人。
「へぇ…」と思いながら授業開始。もちろんボクはやったことはない。

50ページもあるマニュアルを、講師はバンバン進ませていき、午前中でおおよそなところは終わらせられた。

ボクは必死で解説を聞きながらPCを操作し、反応を検証していく。
何ができるのか、それをするにはどうするのか、その動作の使い道は…?

そして午後。
実習として、住居の簡単な見取り図を描くことになった。
ボクは1番で完了させた。特に直すところなし。

じゃあ次、ということで簡単な電気図を書く。
授業の終わりと共に終了した。
1番だし、なかなかの出来だった。


うーん、もしかすると、エクセルで家具の配置とか、会社の購入備品の配置とか作ってたから、それが利いてるのかなぁ。
そういやぁ、治具もオートシェイプで作図して発注したっけ。

PC慣れが勝因?
それとも単純に手が速い?

ただ言えることは… 眼が痛い。
まばたき… しなすぎ。

あと10ヶ月…もつかな?

お金の話。

通帳の残高が、だいぶ現実的な感じになってきた。
残り少ないっていやぁ、少ない。

どうしてこんなこと書いてるかと言うと、県市民税の納付書が届いたからだ。
18万だと?

昨年、24万払っている。
無職になり、確かに下がったが、下がり幅が大したことない気がするのはなぜだろう。
無職だよ? 払えるわけないじゃん?

と、いきたいところだが、社会に守られて生きている都合上、払わん訳にはいかんわな。
ここで、『守ってくれと頼んだ覚えはない!』なんてほざこうものなら、未開の土地にでも行ってしまえと怒られるのだろうなぁ。

このあと、健康保険も来るんだろ?
いつも思うが痛いなぁ。

学費だと思って払うか。
訓練校の学費は無料だもんな。

うーん、半年後には運用資金を切り崩さんといかんかなぁ。
厳しい期に入ってきたぜ。

平日酒

サッカーでしょ?

ワールドカップ出場を掛けた一戦でしょ?

そりゃ、応援するでしょ?

盛り上がるために酒も飲むでしょ?


久しぶりに平日呑み。
うれしや、たのしや。

ただ、やっぱ、勝って決めたかったなぁ、というのは選手も一緒なんだろうなぁ。

どうしても、同点で終わった試合で喜ぶ気にはなれないよねぇ?

溢れる体力のこと

最近よく書いているが、ボクは運動していない。
歩く頻度を上げるようにしているが、まぁ、焼け石に水という印象はぬぐえない。

どうして運動できないのかなぁ…と思いを馳せると、やはり“目的意識”が皆無だからなんだろう。
そう、痩せる目的以外の理由がないのだ。
痩せることだけを考えるなら、運動以外にもできることはあるし、そもそも痩せること自体にそれほど緊急性がない。
『ボチボチやって痩せたらいいなぁ』という程度のものなのだ。

20代の頃、かなり運動していたと記憶している。
自転車のため… というのもあるが、
性能を上げて、オールマイティな機能を備えた体を作るということに重点を置いていた。

時代は世紀末。
いずれくるだろう世界の破滅。
その破滅に、もし生き残ってしまったとき、ボクの身近にいる人たちのために体を張って奉仕できたら素晴らしい、と思っていた。

前々から言っているが、ボクは『ノストラダムスの予言』を信じていたのだ。かなり本気で。

それがどうも、世界的な破滅はなさそうだと気がついたとき、今度は自転車のための体づくりに切り替えた。
自転車に特化した体力・筋力・能力を鍛えたのだ。これが30代の体づくりの基本方針。
自転車競技から離れた今、あまりヤル気がしない。

話が戻るが、20代は体が動くことが重要だった。
長く走れるとか、遠くまで泳げるとか、高い壁を登れるとか、重いものを持ちあげられるとか、速く動けるとか、バランス感覚が良いとか… そういう基本運動能力の底上げを目指していたと思う。

誰からも褒められるわけでもなく、用途もほとんど不明のままだ。
今、ボクが立たされている状況に似ている。
だが、20代のボクはトレーニングを続けていた。
無暗に、真っ直ぐにトレーニングをしていた。

あれって、体力が溢れていたということなのかなぁ… と振り返る。

今、
意味や意義が見出せず、トレーニングなどという面倒なことはできない。
あのころ、仕事から帰って毎日欠かさず体は動かしていた。
仕事だって地味に体を動かす労働だったし、自転車通勤だってしていたのに、だ。

今、
仕事してないし、疲れるって言ったって勉強は座学だ。
通学は往復1時間は歩いているものの、電車移動だ。
なのに、運動する気にはなれない。

これから先、衰えるだけというのもイヤだなぁ、と思う。
しかし、『衰えることが不安』という理由でトレーニングするというのは、意義として弱い気がする。

体力が溢れるということは、今後、もうないかもしれないが、何かしら理由を付けて運動しないと… 老化が加速しそうで怖い。

何か意義を…
何か目的を…

そんなことを思いながら、今日もただ歩くだけだろうなぁ。