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空虚惑星⊿X

何か有意義なことをしようと改めて考えてみたら、「アレ?何もやることないぞ!」と気が付いた星の人が綴る日記

2012 TD沖縄210kmロードレース③

ツール・ド・おきなわ市民レース映像資料:シクロワイヤードより
よく見つけたな、自分。自転車に関しては自分好きだわ(汗。
普久川①登り映像キャプチャ

<普久川2回目~ゴール>
ボクが読んでいる完走圏内のタイムスケジュールより10分速く山岳ふもとまでやってきた。

完走だけ目指すのであれば、恐らくここで足の揃う人間を揃えて垂れることなく走っていればイケるのではないかと思われた。

だが、今後何があるかわからない。
できるときにできることをやっておく必要がある。

奥の登りで、ボクは足が痙攣しそうになるのを感じた。
発動はしていない。あのピクピクという危うい感じだけだ。
痙攣は発動してしまうとクセになってしまう。レース中に回復というのは難しい。
だから秘密兵器として持ち込んだ『こむら返りに効く』漢方を平地の間に飲んだ。
本当はもっと後のタイミングを予想していたが、今飲まなければいけないと感じたからだ。

平地で休み、固形物も取った。カフェインも飲む。
できることはして、2回目を登る。

遅れることは覚悟していた。

そもそもボクより登りのレベルが上の集団である。
ボクは武器であるダウンヒルと、得意のアップダウン、そしてパックを利用してここまできたのだ。
登りだけでは勝負にならない。

でも、できるだけ、やれるだけ、粘れるだけ、、、、そう思っていた。

しかし不思議なことが起きる。
集団が全く速くないのだ。

ゆっくり登る。
とはいえ、ここら辺になると140kmや100kmレースの零れた選手も見え始める。
その人から見たら「ここまで走ってきて、なおその登りスピードなのかよ」と思われているだろう。

ボクは20-20の切札走法で走る。
もう、ボクの登りはこれしか対抗手段がない。
できるだけ、いけるだけ、、、と思っていたが、頂上付近で数名に遅れをとっただけで登り切ってしまった。

頂上付近で数名程度なら、下りで追いつける。
ボクは難なく集団内で2回目の山岳を越えることができた。

普久川関門2回目(135km地点)
通過11:07。
足切り11:35。安全圏11:20。


普久川から集団の前方に居座って下る。
なんだかんだ言ってもみんな疲れているらしく、少し元気なところを見せておかないと怠けてしまう。
こうなったら、集団から切れるところまでやってやる。
このとき、そういう覚悟をした。

2回目の普久川から宮城にかけて、足切りタイムは格段に厳しくなる。
足切りタイムだけを見て走れば、実に平均時速42.7km/hを出さなければならず、プロでもムリではないかと思ってしまう。
オフィシャルとしては、名護の道路規制を睨んで、ここで選手をふるいに掛けるのだろう。
ボクの作った『安全圏』というのは、そういうムリな足切りタイムに惑わされないためのものだ。
宮城関門を足切り時間ギリギリで通過するための制限時間と言ってもいい。

集団はTD沖縄第2位の高さを登っていく。
山岳が終わった直後の急峻な登坂だ。
すでに登りは集団の活性化というレベルにはなく、誰かが前に出てモチベーションを保つという感じになってきていた。

完走目的なら遅れることもできたが、ここはできるかぎりやってやる。
ボクは切札を使いながら集団の先頭付近をキープする。
登りでボクより元気なのは4人くらい。彼らは余力がまだありそうだった。
他の20人くらいは、地足を使ってじっくり登ってくる。速くはないが遅くもない。
爆発力はみんなない。ただ回すのみという感じだ。

高江に向かう坂を終えると下り基調のアップダウンになる。
アップダウンなので、ヤル気になると速いのだが、気持ちが切れると遅くなってしまう地形でもある。
ボクと元気な選手で回していく。

ここら辺になるとボクも力が落ちていく。
時折、最後尾まで降りていっては足を溜める作業が必要になってきていた。

宮城関門。(163km地点)
通過11:56。
足切り・安全圏共に12:20。

ひとつの安心。
一番厳しいとされる関門を無事通過。
なんとなく、これで完走は指に掛かった感じがする。

あとはやれるだけ、やるだけ。
ロードレーサーとしての真価が試される。
完走ではなく、どれだけ速く走れるか。問題は変化していく。

ここからは前日に下見した道だ。
厳しさは知っている。攻めどころも堪えどころも知っている。
これがどれだけ有利なことか。
今まで下見にこれほど感謝したことはない。

宮城を越えてからというもの、力が残っている感じがしない。
集団はパックを吸収し、登りの度に選手をふるい落としていった。
ボクはなんとかこらえて残るのが精一杯で、前を引けない。
多分だが、もう、前を行けるのは下りだけだろう。

気がついたのだが、下りだけが唯一、足が無くなっても疲労が蓄積されても終始速さが変わらない技術なのだ。登りで散々遅れても、下りで追いつけるということの余裕。武器として磨いておいて本当によかったと思う。

安部関門。(186km地点)
通過12:37。
足切り13:05。安全率12:55。

パックを食って食いまくって息を吹き返した選手が増えてきた。
安部を過ぎた平地の引きは凄まじく、再び40km/hくらいになっていた。
この時点でこのスピードはハッキリ言って耐え難く、切れる選手が続出。
パックは一列棒状で付くのが精一杯。
車体2個分の隙間が命取りの様相となった。

しかし付いていく!
人の後ろについて平地で遅れたとあってはロードレーサーの名が廃るとばかりに回す。

そして辿り着いたダムへの急坂。
パックは崩壊。疲れたまま入った急坂はみんなが疲れていて誰も声を発しない。
自分の息とチェーンの駆動音だけが聞こえる。

もう登りで目を見張る速さの選手はいない。
ボクと同じか、ほんの少しだけ速いくらいの選手だけ。
この程度の遅れ、下りがくれば取り戻せるいう程度の差しか生まれない。

長い長い登り。
まだ終わらない。
終わったと思ったら、下らずにまた登り。

だがまだ見える。
下りが来れば追いつける。

そしてついにきた。
登りが終わりを告げ、下りに入る。

50mの差がみるみる縮む。
追いつく。
下りきった先に、最終関門。

川上関門。(203km地点)
通過13:09。
足切り・安全圏共に13:30。


TD沖縄210kmロードレース、完走確定。

パックはとうとう6人だけになった。
最初に掴んだパックを離さず、前方のパックを食いに食っては選手を切っていった先に残った6人だ。

完走を確定させてボクは安心と束の間の感動を覚えていた。
しかし、他の5人が取った行動は、、、さらに追い込むことだった。

ボクは慌てて追随した。
こうなればどれだけ速くゴールまで行けるかが勝負だ。

この終盤に来て、平地だとは言え40km/hを超えてくる。
一人がロングスパートを掛ける。
抜け駆けは許さない。後ろにつく。盾にしてやる。
そいつは力尽き後方へ。
ボクも少し疲れて前を譲ったが、他の4人はまだヤル気だ。

もう良く分からない感じだった。
ヤル気があるのかもしれない、そうじゃなくて、付いていかないと遅れてしまうという脅迫観念から回し切っているだけかもしれない。
このときのボクの心境は後者だ。

残り2km。
前に出れる気もしない。
もう願わくばこれ以上抜かれることなくゴールしたい。
振り向く。もう誰もいない。
こんなに速いパックに追いつけるならすでにこのパックに居るはずだろう?
前を向く。
5人は必死。
ボクも必死。なんのために頑張っているのかわからない。
ただ、レーサーとして、こんな場面で遅れることがイヤだったに違いない。
例え順位が覆らなかったとしても、ボクはこのパックでゴールしたのだ、とそう思いたかったのかもしれない。

そしてパック最後尾でゴール。

13:21 名護ゴール通過。(道路規制14時まで)

走行時間6:00′55″
144位/完走245人(出走415人)
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