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空虚惑星⊿X

何か有意義なことをしようと改めて考えてみたら、「アレ?何もやることないぞ!」と気が付いた星の人が綴る日記

悪と正義

ボクはときどき、“悪” だの “正義” だのと書くが、そういう概念は嫌いだ。

信念があれば、正義の敵は悪となる。敵から見れば自分が正義だろう。
“勝てば官軍” の図式に則る。

信念なき場合は、正義も悪も、ただの狂気にしかなり得ない。
ただの意固地だ。理解しがたい。

だから、このブログに書く “悪” も “正義” も、ボクの主観から吐いているにすぎない。
一応、日本人的感覚で物を書いているつもりだが、反感を抱いている方は、この点も留意していただきたい。
とはいえ、主観で物を書いているから何でも書けばいいとも思っていないが(汗)。


ボクの主観で悪と正義の話をすれば、それはボクの考え方を知ってもらわなければならない。

ボクは、
『人は幸せを得るためには、何をしてもいい』 と思っている。

これは人の善良性を信じた結果、吐ける言葉である。
なんとも無責任で甘っちょろい信念だと思ってはいる。
でも、そう思っている。


これに自主的な反論をしよう。
『何をしてもいいというが、人を殺してもいいのか?』

いいと思う。
でも、人を殺して幸せになれる人はいないのではないだろうか?
家畜を殺すという感覚で人を殺せる人なら別だが、罪を感じずに人を殺せるのだろうか。

よしんば、そういう人がいるとしよう。(いるらしいが・汗)
そうなると周りの人が黙っていない。
憎しみの連鎖から、きっとこの無邪気な人殺しに罰を与えるだろう。
罰を与えられた当人は幸せか?

では、無邪気な人殺しは、自分以外の人間全員を殺すことになるだろう。
で、自分以外が死んだ世界に幸せは残っているだろうか?

いろいろ考えてみるのだが、最終的に人殺しをして幸せになれるとは思えないのだ。
だから、ボクは殺人を否定する。
幸せになれないから。


と、いうような感じで世界を見ている。
人生を歩んでいる。

ボクにとって、悪と正義は、それが幸せをもたらすかどうかに係っている。
ボク以外の者に向かって放つときは、当事者にとって、幸せになれる行動なのかどうかが判断基準だ。


本来の悪と正義は、もっと信念や志があって、これほど軽々しいものではないと思うが、ボクは面倒だからシンプルにしている。
これでいいと思っている。

これからもときどき、悪だの正義だのと喚き散らすこともあるだろう。
ま、こんな感じのボクだから、と、大きな心で笑い飛ばしてほしい。
悪意はないのだ。

本来なら、そんな概念なしにして、妥協の末にたどり着く、最大多数の最大幸福を推進してほしいのだ。
だから、悪とか正義とかという概念は嫌いだ。

悪も正義も玉石混交で、良い世界が出来上がることを願って止まないのだ。
悪も正義もなくなってしまった方が楽しいに決まっていると思っているのだ。

ただ幸せを、論理的に追及していく。
そんな世界があってもいい。
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