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空虚惑星⊿X

何か有意義なことをしようと改めて考えてみたら、「アレ?何もやることないぞ!」と気が付いた星の人が綴る日記

御嶽山

噴火してから、もう一週間以上経つ。
亡くなったと確定した方は50人以上となり、戦後最大の噴火事故となったらしい。

御嶽山。
百名山の一つであり、3067mの山である。
日帰り登山ができるため、晴れていれば10月でもさほど寒さを感じずに過ごせると思う。

10月の紅葉が美しいとされる時期。
土曜日という、誰もがレジャーを楽しみたくなる日。
11時50分とは、絶景で昼食を楽しみたい人ならすでに頂上にいてもおかしくない時間。
噴火はあまりにもタイミングが悪かった。

おそらく、最高に人が集まってきた時間帯での噴火。
あまりにも突然に。
あまりにも容赦なく。
山は牙をむく。

最初の噴火の音に、登山者は衝撃を受ける。なにが起こったのかと眼と耳を疑うだろう。
すぐさま噴煙が視界を塞ぎ、ガスが喉を焼く。
どうすることもできないまま、噴石の雨に襲われて身動きが取れなくなる。
そして、とどめを刺される。

頂上での噴火。
噴火口近くであればあるほど、逃げる時間はなかったと推測する。
視界が奪われるのが致命的だ。それは噴火から5分も掛からなかったのではないだろうか。

たった5分で噴火を理解し、逃げる決断をし、皆をまとめ、噴石から身を守れる場所に移動できるだろうか。
ちょっとボクには自信がない。
助かった人の判断力と運が良かった。本当にそう思うのだ。


山は美しい。
山登りは楽しい。
しかし、いつだって危険を伴っている。いつだって、安全ではなかった。
山登りが安全だと言う人は間違っていて、登る人が安全を確保しながら登るから “安全” なのだ。
そこには、知識と経験が存在している。

最近の登山ブームは、決して悪いことじゃない。
美しい自然を見ること、危険を経験することは人間性を高めると思う。

しかし、今回のような “過剰な危険” も起こり得ると覚悟するべきなのだろう。
それで登りたくなくなるのであれば、それでよいと思うし、それでも登るのだと言うのも自由だ。

“起こりえる”。

それだけは肝に銘じて登山をしたい。
危険を人のせいにして、憎悪の矛先を人に向けるのはやめてほしい。
今回の噴火を予知できなかったのは、亡くなった方々本人も同じなのだから。

山は自己責任のレジャーだ。
自分ですべての責任を負う。それがルールだ。
厳しいと感じる人もいるかもしれない。
でも、社会からの保護を離れて、自分を試すことができるのも山。
今回はあまりにも試される危険が大き過ぎた。
ボクも、同じ時刻に頂上にいたなら、助からなかったと思う。


自分なら… と思う。
ボクなら、早朝登山をスタートして、10時には頂上に到達していると思う。
食事もするだろう。
しかし、混み合ってくる11時には下山を開始するのではないか?
二ノ池を回って王滝頂上に達する頃に噴火を見ることになるか。
被災は免れないか。

タイミングが悪すぎる。

これが冬なら… 積雪時期なら人は少なかったろうに。
これが夜なら、外に出ている人はいなかったろうに。
これが百名山でなければ、人も集まらなかったろうに。

いろいろある。
危険はいつだって予測できない。
予測できたら危険ではない。

忘れてはいけない。
忘れたとき、自分が被災者になるのかもしれない。
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