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空虚惑星⊿X

何か有意義なことをしようと改めて考えてみたら、「アレ?何もやることないぞ!」と気が付いた星の人が綴る日記

ドラマのような人生

くだらないことだが気づいたことがある。


人と関わらなければ人生は平穏だ。
でも、平穏はドラマにはならない。

人は人生を歩む上でドラマを求める。
感動したい。
感動しなければ人間として生きている気がしないからだ。

結果、人は人と関わり続ける。


翻して、ここにニートとか引きこもりとかいうリアルがある。
引きこもりなんだから人付き合いはしない。
多分、平穏が望みなんだろう。

能力のあるなしに関わらず、社会の荒波にもまれたくない。
もまれなくても生きていける者たちに許された特権だわな。

だけど、退屈だ。
なんてったってドラマがない。
だからゲームや映画やテレビに依存するのだろう。
仮想現実は美しい。
それを体験するだけで楽しいよね。


最近、そういう生活をしている。
休日は引きこもって、黙々とテレビを見たりしてみる。
今日なんて450ページの小説を読み切ってしまった。
しかも楽しんで。
4~5時間掛かっているだろう。

平和だ。
ボクを取り巻く現実世界において、何の進展もない。
ただ楽しかった。のみ。

齢40を越え、ようやく人付き合いする気持ちがわかってきた。
要は、ドラマがほしいのか。

ドラマしたかったら、恐怖の的だった人付き合いをすべきだろう。
傷つけることもある、傷つけられることもある。
くだらないことに悩まされることもあるだろう。

でも、きっと、それがドラマなのだろう?
感動なのだろう?
心を揺さぶられる、人生に美味しいソースなのだろう?

そうか。
踏み出さなければいけないんだな。

こんな退屈な時間が普通の人にはあるんだな、きっと。

ボクはよくもまぁ、くだらないことにたいそう時間を掛けて取り組んできたものだ。
ヒマを感じた事なんて20代、30代の頃は全然なかった。
やるべきことはそこにあり、やらない自分は怠け者なのだといつも思っていた。
休むことは次に行動するための計画であり、それ以上休んではいけないものだと思っていた。

それはそれでいい。
それがボクの人生だ。構わない。
でも、ちょっと普通ではないような気がする。


そうか。

退屈してるなら、人に会いたくなるかもしれない。
恐怖の人付き合いに踏み出す気になるかもしれない。
感動はそこに隠れているかもしれないから。

平穏=退屈。
それがイヤなら部屋を飛び出せ、人と会えってか。

なるほど。
退屈から学ぶことがあるとは思わなかったぜ。



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