資料作りと、転職と、趣味の間で

固定資産の管理とエネルギー管理。
まだ誰も手を付けていないことをボクにやれという。
転勤したときにそんな話をされ、4月にとりあえずの引継を受けた。

資産もエネルギーも、工場のことがわからないと対策の施しようがない。
とりあえずビジョンを作り、手を付けたのが6月のこと。この工場に来て半年か。
やはり半年はないと見えてこないものがある。そもそも、うちの会社で持つ工場では最大の広さと規模なんだからな。
通常工場のおよそ3倍。
シャアじゃないが、そんな規模で攻められてもな、、、と思う。

で、資料の根本となる基盤は作った。
昨日からは現場との確認作業に入った。これでようやく勤務時間に資料作成できるようになったわけだ。
あ、ボク、工場では事務作業に集中できないからずっと自宅でやっていたんだよねぇ。

入力するタブレットは自前で持ち込み。
現場で入力できるなんて、本当に便利。
タブレット…ずーっと使ってなかったけど、初めて役に立った気がする… 4年…かかったか。

資料作りが終わらないとキッチリ転職できない、と考えてる。
『そんな面倒押し付けられて、放り出しちゃえばいいじゃん』
という声もある。それはそれは魅力的な提案だ。

だけど、この資料を作りきらなければ、未来永劫、この分野でこの現場は困るのだろう?
そもそも作りきれなかったからボクに話が来たわけだからな。
毎年、行政にゴマカシで通していても、いつか限界が来る。どこかでしっかり作らないといけない。
現場への恩返し。(恩を受けたつもりもあまりないんだが…)
キッチリ支払って転職したい。

そんななか、昨日、バイオリンレッスン仲間に誘われて池袋で飲んできた。
仕事帰りなので2次会からの合流となったが、カラオケ店でそれぞれ思い思いの演奏をしたりおしゃべりしたりの楽しいひと時となった。
演奏して、それについて語って、、ときには脱線して…
ああ、なんか普通。(ボクにとって【普通】は憧れワードです)

そんな普通な生活を送りたいボクにとって、この会社は悪い意味で【特別】だ。
この特別は、会社の歴史であり文化だ。
間違った道を歩んで引き返せなくなっている。

それでも小規模ならば(神奈川にいたころ、1/3の規模だった)なんとかできた。
ここまで大きい規模では背負いきれない。
ならば、ボクでなくてもいいだろう。背負える人を探してほしい。

この歴史、文化をひっくり返さなければどうにもならない。
そんな力はボクにはない。
だから辞めよう。終わろう。

さて、フィナーレのために、今日も精一杯がんばろうかな(笑)



スポンサーサイト